yasuda
(安田登)
今日はこれから『イナンナの冥界下り』の日本デザインセンター公演なのですが、これから何度かに分けて『海神別荘』について書いていきます。

海神小

本年、3月5日(土)にカメリア・ホール(亀戸)で上演する泉鏡花の『海神(かいじん)別荘』。泉鏡花戯曲の最高傑作をうたわれながらも、その生前には一度も上演されなかったこの作品を、能・狂言を中心に、人形、浪曲、ダンスなどで料理してお届けいたします。

この作品を上演したい!と思ったのは、「3.11」の日でした。このことに関しては長くなりますので、また別の機会にお話しますね。

▼『海神別荘』の上演を躊躇させる理由

さて、泉鏡花の最高傑作とうたわれながらも『海神別荘』が鏡花の生前には上演されなかったというのは、上演が難しいからです。ただ、上演するだけなら誰でもできます。でも、戯曲を読んだ演出家や役者は「これは上演しても面白くはならないんじゃないか」と思ってしまうのです。

これってマラルメが『半獣神の午後』を上演台本として書いたのに、結局はどこも上演させてくれなかったのに似ていますね。そうなんです。マラルメの『半獣神』と鏡花の『海神別荘』には、共通点があるのです(これも後日)。

で、まずは何がこの作品の上演を躊躇させるのかを考えてみました。

(1)何も起こらない
演劇やドラマの基本構造は「男がいて、女がいて、そのふたりの間に葛藤が起き、最後にそれが解決して大団円を迎える(男・女でなくても可)」だといわれています。

ところがマラルメも鏡花も、何も起こりません。小事件は起こります。でも、それは葛藤にはならず、だから大団円もなく、見終わったあとの「ああ、よかった」というカタルシスにもつながらないのです。

こりゃあ、「上演してもつまらないかも」と思うのももっともですね。 

(2)登場人物に感情移入ができない
私たちは演劇やドラマを見ると、登場人物の誰か(多くは主人公)に感情移入をします。だからこそ、葛藤ではドキドキするし、大団円ではスッとします。

が、『海神別荘』の登場人物は、海底の宮殿に住む非・人間。やっと現れた人間(美女)ですら人身御供にされているので、もう死んでいます。

誰にも感情移入ができないのです。鏡花はとことん観客を突き放しています(笑)。

(3)彼岸から語る物語
当たり前の話ですが、ふつうの物語は「この世」のお話です。あの世のことを物語る、怪談や幻想文学も、だいたいが「この世」から「あの世」を描きます。

ところが『海神別荘』は、あの世からこの世を語っているのです。これは珍しいし、まあ、そりゃあ感情移入なんてできないだろうね、って感じなのです。

▼なら「芸尽くし」で

この3つの理由。

(1)何も起こらない、(2)登場人物に感情移入ができない、(3)彼岸から語る物語
 
…って、確かに上演が難しいのはわかりますね。

でも、待てよ、これってどこかで…

そうなのです。これは「能」と同じなのです(我田引水ですみません)。

劇作家のポール・クローデルは能を評して「劇、それは何事かの到来であり、能、それは何者かの到来である」 と書きました。

おお!ならば「能」の手法を使えば、料理できるんじゃないか!と気づいたのです。

でも、「能って、あの退屈なやつでしょ」と思う方もいらっしゃるでしょう。いえ、いえ。静かで、内面に入っていくものだけが能ではありません。さまざまな「芸」を見せる、「芸尽くしの能」というのもあるのです。

で、ひょっとしたら『海神別荘』も「芸尽くし」で上演できるのでは、と思って台本を読み直してみたら、鏡花先生、「芸尽くし」の要素を台本の中にちゃんといくつも入れてくださっておりました。

▼「芸尽くし」の例をご紹介

さて、『海神別荘』の中の「芸尽くし」ですが、たとえば!

海神の公子は、人身御供としてもらい受けた美女の父親に「身の代」を送るのですが、その一覧表を読むところ。これはリズムに合わせて読み、さらにはそれが面白くなって思わず舞を舞いたくなってしまうような書き方がされています。

今回の上演では「沖の僧都(海坊主)」が舞を舞い、童子がタップを踏みます。

真鯛大小 八千枚
鰤(ぶり)、鮪(まぐろ)ともに二万疋(びき)。
鰹、真那鰹(まながつお)各(おのおの)一万本。
大比目魚(おおひらめ) 五千枚。
鱚(きす)、魴鮄(ほうぼう)、
鯒(こち)、鰷身魚(あいなめ)、
目張魚(めばる)、藻魚(もうお)、合せて七百籠(かご)
…(続く)

また、部屋を双六盤に見立てて、人間将棋のように侍女たちが東海道五十三次の「人間双六」をするところがあります。この遊びも侍女と童子で「芸尽くし」として上演しますが、浪曲師の玉川奈々福さんと童子によって三味線を弾きながらの「東海道五十三次の歌」が歌われます。

都路(みやこじ)は
五十路(いそじ)あまりの三(み)つの宿、
時得て咲くや江戸の花、
浪静(しずか)なる品川や、
やがて越来(こえく)る川崎の、
軒端ならぶる神奈川は、
早や程ヶ谷に程もなく、
暮れて戸塚に宿るらむ。
紫匂う藤沢の、
野面(のおも)に続く平塚も、
もとのあわれは大磯か。
蛙(かわず)鳴くなる小田原は…

このほかにも「鮫に襲われる侍女のあ~れ~」とか「美女、大蛇に大変身」などなどたくさんあるのです。そんなわけで能の「芸尽くし」として上演する予定の『海神別荘』、どうぞご覧いただければと存じます。

(続く)次回は東雅夫さんをゲストに先日行われた『海神別荘』寺子屋の様子をお知らせいたします。(次回の『海神別荘』寺子屋は2月29日:月曜日です)

 ▼ご予約の方法

3月5日(土)14:30開場 15:00開演 
場所:亀戸・カメリアホール(JR総武線で秋葉原から4駅8分「亀戸」駅下車 北口徒歩2分)

全席指定 予約5000円 当日5500円
※「てんらい会員」の方は1,000円引きになります。
「てんらい」の会については以下をご覧ください。
http://inanna.blog.jp/archives/1033520801.html 

ご予約の方法は3通りございます。

・カメリア・ホールに直接お申し込みいただく(てんらい割引はございませんのでご注意を!)
03-5626-2121 インターネット予約もございます。
http://www.kcf.or.jp/kameido/concert_detail_010500300307.html 

・てんらい事務局にご連絡いただく
てんらい会員の方は割引料金でご予約いただけますので、てんらい事務局、あるいは出演者の方にお申し込みくださいませ。
てんらい会員入場料:全席指定 予約4000円 当日4500円
event@inana.tokyo.jp
080-5520-1133(9時~20時)

・出演者にお申し込みいただく
チケットを扱っている出演者は、 東雅夫奥津健太郎玉川奈々福です。この3人に直接、お申し込みいただくこともできます(他に出演者にもお申し付けいただくことはできます)。

出演:安田登(能楽師ワキ方下掛宝生流)、槻宅聡(能楽師笛方森田流)、奥津健太郎(能楽師狂言方和泉流)、百鬼ゆめひな(人形師)、玉川奈々福(浪曲師)、蜜月稀葵(ダンサー)、新井光子(チェリスト)、東雅夫(作家) ほか

お待ち申し上げております。