イナンナの冥界下り

シュメール神話『イナンナの冥界下り』や天籟能の会のためのブログです。

2016年02月

『海神別荘』への道(4)海神別荘寺子屋 第一回目03

yasuda

第一回「『海神別荘』寺子屋」の続き(3回目)をお送りします。以前のものはこちらでどうぞ~。

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▼鏡花の年賦

安田 今日も東さんは年表を作って来て下さいました。

東さん作成「泉鏡花演劇関連年表」

◆明治六年(一八七三)0歳
十一月四日、泉鏡花(本名・泉鏡太郎)、石川県金沢町下新町二十三番地(現・金沢市下新町二番三号=泉鏡花記念館の所在地)に生まれる。彫金師・泉清次とすず夫妻の長男。母の実家は葛野流大鼓師の家で、鏡花の伯父にあたる松本金太郎は、高名な宝生流能楽師であった。

◆明治二十四年(一八九一)18歳
十月十九日、上京後一年を経て尾崎紅葉宅を訪ね、直ちに入門を許される。

◆明治二十六年(一八九三)
五月、処女出版となる『探偵小説 活人形』(春陽堂)を刊行。

◆明治二十七年(一八九四)
十月、初の怪談小説「黒壁」を「詞海」第三輯九巻に発表(十二月発行の同誌十巻に続編掲載)。

◆明治二十八年(一八九五)
三月~六月、「妖怪年代記」を「文藝倶楽部」第三編~第六編に連載。
十二月四日より浅草座にて、川上座で「瀧の白糸」(「義血侠血」と「予備兵」の綯い交ぜ、八幕)が初演される。
十二月六日、紅葉の抗議を受けた川上音二郎は、主要新聞に無断上演を謝罪する謹告を掲載、「義血侠血」と「予備兵」が紅葉・鏡花の合作であることを明言した。その後「瀧の白糸」は、高田実らの成美団により東北各地で巡演された。

◆明治三十三年(一九〇〇)
二月、「怪談女の輪」を「太陽」に、「高野聖」を「新小説」に発表。
三月十一日、川上眉山宅で文学者講談会開催。尾崎紅葉、巌谷小波らが自作を口演。鏡花も「湯女の魂」を口演する。
六月二十二日より、川上座の二番目狂言として「辰巳巷談」初演される。

◆明治三十四年(一九〇一)
十二月十五日、紅葉や硯友社一門と宮戸座で「瀧の白糸」を鑑賞。

◆明治三十五年(一九〇二)
八月三十一日より常盤座一番目狂言として「艶物語」初演される。

◆明治三十六年(一九〇三)
十月十一日頃、当時、大阪の成美団に参加していた新派俳優・喜多村緑郎との交友始まる。
十月三十日、尾崎紅葉逝去。
十一月二十二日より国華座一番目狂言として「黒百合」を脚色した「妖星」初演される。

◆明治三十七年(一九〇四)
九月、本郷座九月興行のために書き下ろし戯曲「深沙大王」を執筆、「文藝倶楽部」十月号に掲載される(しかし長さの関係で「高野聖」と差し替えになる)。
九月二十二日、本郷座二番目狂言として「高野聖」初演される。この舞台は志賀直哉に酷評される。
十月、「時代思潮」に戯曲「隅田の橋姫」の連載を開始。しかし病気を理由に一回のみで中絶。「歌舞伎」に「本郷座の高野聖に就て」を寄稿。

◆明治三十九年(一九〇六)
一月、鏡花、「海異記」を「新小説」に、「月夜遊女」を「太陽」に発表。
八月一日、大阪朝日座の一番目狂言として「通夜物語」上演される。
九月一日から大阪朝日座の一番目狂言として「湯島詣」初演される。
十月、「歌舞伎」に、喜多村緑郎の演技評(本郷座「侠艶録」)を寄稿。
十一月~十二月、鏡花、「春昼」「春昼後刻」を「新小説」に発表。
十二月、春陽堂より初の書き下ろし戯曲『愛火』を刊行。

◆明治四十年(一九〇七)
一月三日より新富座で「つや物語」を上演。伊井蓉峰、福島清ら出演。連日の大入りとなる。
五月、登張竹風と共訳のハウプトマン原作戯曲「沈鐘」を「やまと新聞」に発表。
七月、本郷座の一番目狂言として「風流線」初演される。龍子役に喜多村緑郎。
九月六日より真砂座で「辰巳巷談」上演される。

◆明治四十一年(一九〇八)
四月、鏡花、「ロマンチックと自然主義」を「新潮」に小説。
八月、明治座の「みじか夜」が「湯島詣」の剽窃である旨、文壇と劇壇で物議を醸す。
九月二十九日より新富座一番目狂言として「婦系図」初演される。お蔦役に喜多村緑郎。不入りだったらしい。
七月十一日、泉鏡花ら、向島の有馬温泉で「化物会」開催(参会者は喜多村緑郎、伊井蓉峰、柳川春葉、神林周道、長谷川時雨ほか約五十名)。
七月二十五日、夏目漱石、「夢十夜」を「東京朝日新聞」に連載開始(八月五日完結)。

◆明治四十三年(一九一〇)
四月十日より本郷座一番目狂言として「白鷺」初演される。小篠役に喜多村緑郎。子役の花柳章太郎は、舞台稽古を見た鏡花に台詞を増やしてもらった。当時学生の久保田万太郎は、この上演を見ている。

◆明治四十四年(一九一一)
三月一日より宮戸座夜興行として「三味線堀」初演される。
十月、大阪中座で興行中の「婦系図」に出演している喜多村緑郎に招かれ、大阪に滞在。

◆明治四十五年/大正元年(一九一二)
二月十一日より明治座三番目狂言として「稽古扇」初演される。
五月三日より新富座二番目狂言として「南地心中」初演される。

◆大正二年(一九一三)
三月、「夜叉ケ池」を「演芸倶楽部」に発表。
五月、「狸囃子」(後に「陽炎座」と改題)を「新小説」に発表。
十一月一日、日暮里の旧佐竹邸で井上正夫主宰の野外劇場第一回試演として「紅玉」初演される。
十二月、「海神別荘」を「中央公論」に発表。

大正三年(一九一四)
四月七日、明治座二番目狂言として「深沙大王」初演される。
七月十二日、東京京橋のギャラリー画博堂で怪談会開催(岩村透、黒田清輝、岡田三郎助・八千代夫妻、辻永、長谷川時雨、柳川春葉、泉鏡花、市川左団次、市川猿之助、松本幸四郎、河合武雄、喜多村緑郎、吉井勇、長田秀雄・幹彦兄弟、谷崎潤一郎、岡本綺堂、鈴木鼓村ほか六十余名、会主は画博堂主人)。参会者の一人が田中河内介の話の途中で昏倒したとされる。
九月五日、明治座一番目狂言として「婦系図」上演される。

◆大正四年(一九一五)
三月四日、本郷座の一番目狂言として「日本橋」初演される。お孝役に喜多村緑郎。
十一月二十九日より新富座で、鏡花による新脚色の「錦染瀧白糸」初演される。

◆大正五年(一九一六)
七月、本郷座二番目狂言として「夜叉ケ池」初演される。

◆大正六年(一九一七)
三月、浅草公園の東京オペラ館で映画『新派悲劇 通夜物語』(小口忠監督)上映される。
五月、春陽堂より『戯曲日本橋』を刊行。
九月、「天守物語」を「新小説」に発表。

◆大正八年(一九一九)
七月四日、「都新聞」の掲載記事「怪談の会と人」(無署名だが平山蘆江の可能性高し)で、喜多村緑郎、鹿塩秋菊と共に「怪談三人男」として紹介される。
七月二十日、向島百花園横の料亭で開催された怪談会に、喜多村や花柳章太郎、福島清らと出席。

◆大正九年(一九二〇)
十二月、映画『葛飾砂子』(栗原喜三郎監督)が丸の内有楽座で上映される。

◆大正十年(一九二一)
三月、市村座で「婦系図」(久保田万太郎演出)が上演される。お蔦に喜多村緑郎、早瀬主税に伊井蓉峰。喜多村の依頼による久保田の鏡花劇演出は、これが初出。

◆大正十二年(一九二三)
六月、「山吹」を「女性改造」に発表。

◆大正十三年(一九二四)
十月三日、大阪白木屋の日本文芸講演会で「狂言のこと」と題して講演。他の講演者は、小山内薫、久保田万太郎、水上瀧太郎。

◆大正十五年/昭和元年(一九二六)
一月、「戦国新茶漬」を「女性」に発表。
八月、大阪角座の自由座公演で「唄立山心中一曲」を脚色した「晴衣」(宇田六平作)上演される。
十一月、花柳章太郎が金沢尾山倶楽部に出演するのに同行して帰郷、目細家で妹やゑと二十六年ぶりに再会。

◆昭和三年(一九二八)
一月二十八日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「日本橋」放送される。
三月二十七日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「稽古扇」放送される。
八月二十六日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「夜叉ケ池」放送される。百合に喜多村、萩原に伊井蓉峰、白雪姫に花柳章太郎。

◆昭和四年(一九二九)
二月、映画「日本橋」(溝口健二監督)、みやこ座、富士館で上映される。
三月、市村座三番目狂言として「通夜物語」(舞台監督は久保田万太郎、舞台装置は小村雪岱)上演される。鏡花は自ら脚本に筆を入れる熱意を示したという。
三月二十五日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「婦系図」放送される。
四月、「原作者の見た『日本橋』」を「映画時代」に発表。
五月、市村座二番目狂言として「婦系図」上演される。

◆昭和五年(一九三〇)
四月十三日、柳田國男と共に澁澤敬三邸新築記念祝賀会に出席し、三河の「花祭」の実演を見物する。
十一月二十九日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「海神別荘」放送される。公子に喜多村緑郎、沖の僧都に伊井蓉峰、女房に村田式部、博士に菊波正之助、美女に東山千栄子ほか。

◆昭和六年(一九三一)
三月、ビクターレコードより「瀧の白糸」の音盤が二種類発売される。歌手は四家文子、葭町勝太郎。

◆昭和八年(一九三三)
六月、浅草公園の電気館で映画「瀧の白糸」(溝口健二監督)上映される。入江たか子、岡田時彦ほか出演。

◆昭和九年(一九三四)
二月、浅草公園の帝国館で映画「婦系図」(野村芳亭監督)上映される。田中絹代ほか出演。
四月二十七日、東京中央放送局で、花柳章太郎一座によるラジオ劇「稽古扇」放送される。
七月、明治座一番目狂言として「稽古扇」上演される。鏡花も稽古に立ち合ったという。

◆昭和十年(一九三五)
一月、浅草公園の帝国館で「売食鴨南蛮」を脚色した映画「折鶴お千」(溝口健二監督)上映される。山田五十鈴ほか出演。
四月二十八日、東京放送局でラジオ劇「瀧の白糸」放送される。白糸に花柳章太郎。
十二月二十六日~二十八日、東京放送局で、連続ラジオ小説「歌行燈」放送される。

◆昭和十一年(一九三六)
一月、「お忍び」を「中央公論」に発表。
五月、明治座四番目狂言として「新版つや物語」(川口松太郎脚色、小村雪岱舞台装置)上演される。時局柄、原作の遊女が芸妓に、陸軍大佐が代議士に改変されたことに、久保田、水上らが強く反発したという。

◆昭和十二年(一九三七)
二月、浅草遊楽館で映画「瀧の白糸」(広瀬五郎監督)上映される。久松三津枝、志村喬ら出演。

◆昭和十三年(一九三八)
三月、明治座三番目狂言として「日本橋」(巌谷三一脚色、久保田万太郎演出)上演される。お孝に喜多村、お千世に花柳章太郎。
三月九日、日本橋西河岸の延命地蔵で、花柳章太郎の依頼による「お千世の額」(小村雪岱画)の献納供養おこなわれる。
七月、歌舞伎座四番目狂言として「湯島詣」(巌谷三一脚色、久保田万太郎演出)上演される。鏡花自ら脚本に加筆を施した。伊井蓉峰七回忌追善興行。

◆昭和十四年(一九三九)
七月、「縷紅新草」を「中央公論」に発表。
九月七日、泉鏡花逝去。

※年表作成にあたり、『新編 泉鏡花集』所載の諸資料、とりわけ吉田昌志氏編纂による「年譜」の多大な恩恵を被ったことを明記し、深謝いたします。
 

安田 これを拝見してたら、「高野聖」とか「婦系図」とか、かなり早い時期の作品なんですね。

 そうですね。文壇での評価を決定した作品はわりと早い時期に書かれていて、その後はまあ、悠然と「おばけずき」の本領を発揮していった感じ(笑)でしょうか。好きなものを好きなように書いて、世を渉り果せたというか。今日お配りした年表は、鏡花と戯曲との関わりを中心にまとめてみました。
 
 いちばん最初が「瀧の白糸」なんですけれど、これにはちょっとした因縁話があるんですよ。

 明治28年(1895)の12月4日から浅草の川上座で「瀧の白糸」が初演されたんですが、なんとこれ、原作者名のクレジットがなかった。つまり勝手に鏡花の「義血侠血」「予備兵」の筋を綯い交ぜて──どちらも鏡花の作品ですが、ただ「義血侠血」は尾崎紅葉が徹底して朱筆を入れた事実上の合作といってもいい作品なんですね。

 川上座は有名な川上音二郎、明治の新演劇の開拓者というべき人物が座長を務めていた劇団ですが、昔は権利関係にアバウトですから、無断で鏡花作品を上演してしまった。

 これに師匠の紅葉が激怒して猛抗議をする。それで当時の新聞各紙に謝罪告知が載ったという事件がありました。そんな曰くつきの芝居でしたが、皮肉なことに当たり狂言となって、その後も高田実という人がやってた成美団が東北各地を巡演したりしている。これが鏡花作品と戯曲との最初の関わりということになりました。

 その後、戯曲との関わりが本格化するのは、明治40年(1907)に新富座で「通夜物語」が上演されて、伊井蓉峰、福島清ら新派の主要な俳優が出演したのですが、これが大変な大入りとなり、劇場に入りきらない観客で長蛇の列ができたといいます。
 
 このあたりから、どうやら鏡花原作の芝居が、新派の当たり演目として注目されていったようです。

 もう一つのきっかけは明治36年、ちょうど尾崎紅葉が亡くなるのと前後する時期に、鏡花は喜多村緑郎という新派の若手俳優と知りあうんです。当時の喜多村は、さっき名前の出た大阪の成美団に参加していました。この人も実は大変なお化け好き(笑)。寄ると触ると怪談話をしたがるような人で、ですから当然、鏡花とは話が合っちゃったんですね。

 喜多村緑郎は後に新派を代表する大女形となって、例えば「婦系図」のお蔦とか「日本橋」のお孝、「白鷺」のお篠の霊とか……鏡花劇のヒロインたちを演じ続けることになります。

 喜多村との交友がひとつの機縁となって、鏡花は戯曲の世界に熱心に関わるようになります。明治の40年代から大正の前半くらいの時期ですね。この時期というのは、鏡花が怪談会──いわゆる百物語ですね、暗夜、一堂に会した人々が、まさにこの寺子屋みたいにね(笑)、オールナイトで順繰りに怪談を披露するという趣向の集まりが、江戸時代から伝統としてあったわけですけど、これが明治後半くらいから文学者の間で大流行するんですよ。それの中心になったのが鏡花と喜多村で、毎年夏になると怪談会を催して、「都新聞」に連載記事が載ったりしています(ちくま文庫『文豪怪談傑作選 鏡花百物語集』参照)。ちょうどその時期と、鏡花が戯曲を集中して書いていた時期は、完全にオーバーラップしてるんですね。

 「海神別荘」は大正2年(1913)に書かれるんですけども、その年にはもうひとつの代表作である「夜叉ケ池」も発表されていますし、「陽炎座」も──これは小説なんですけれども、やはりお芝居の話。鈴木清順監督の映画があったことを、ちょっと年配の皆さんなら記憶されてるかも知れません。

安田 鈴木清順監督の『陽炎座』、ご存知の方どのくらいいらっしゃいます?(数人の手があがる)あんまり年配の方でもないですよ(笑)。

 すみません(笑)。今はビデオやDVDでソフト化されて、観られるようになりましたが、とても妖しい、子供芝居の話で……舞台は墨田区の本所界隈、拙宅のすぐ近所です(笑)。

安田 映画の中では『竹生島』の謡がかすかに聞こえますね。能好きの人は喜ぶ(笑)。

 なるほど! だから本当に、「海神別荘」が書かれた大正2年前後というのは、鏡花が戯曲による幻想表現というか文学表現に傾倒しはじめた時期じゃないかと思うんですね。

▼『海神別荘』の上演は
やはり難しい

安田 ちょっと注釈をお願いしてもいいですか。新派という言葉があるんですけども、新派は「陽炎座」より知らない人がいるかもしれないので……。

 ああ。新派は今でもちゃんとあるのにねえ(苦笑)。とはいえ私も劇場で観ることは、めったにないのですが。これは新派劇、つまり歌舞伎に代表される旧劇や、芸術色・舶来色の濃厚な新劇とは一線を画しながら、もっぱら現代を舞台とする恋愛悲劇などをテーマとして発展した大衆演劇運動です。先に名前を挙げた川上音二郎らの新演劇に発して、明治中期以降は女形芸も取り入れて盛んになりました。花柳章太郎や水谷八重子の名前は御存知の方も多いかと思います。

安田 同時にプロレタリア演劇みたいなものができたり……。

 明治後半から大正の演劇界は、群雄割拠の渾沌とした時期ですよね。そうした渦中にあって、新派は大衆的な人情話や恋愛話に活路を求めた。鏡花の作品には、例えば芸者の心意気とか一途な思慕とか、そういう女性の粋とか意気地、はかなげな美や侠気を強調したようなお話も多いので、新派の題材として非常に相応しかったんですね。

 ですから、「海神別荘」にしても「夜叉ヶ池」や「天守物語」にしても、なかなかリアルタイムで上演の機会に恵まれなかったのは、要はそういうことだと思うんですね。つまり、人間ではなく妖怪変化が舞台の全面に、「海神別荘」に至っては、劇の世界自体が海底の、いわゆる龍宮城的な場所ですから、人間はまったくといっていいほど出てこない。そういう意味でも、新派の感覚では、どうやって演じたらいいの……という話ですよね。

安田 そうですよね。人情物が好きなお客さんの前ではやりづらい。

 やりづらいですね。まあ、妖怪戯曲三部作の中でも「天守物語」は若干ね、お城の天守閣に妖怪を統べる姫君がいて、妖怪たちにかしづかれている。そこに殿様の鷹が天守に迷い込んでしまい、それを追いかけて鷹匠の若侍がやってくるわけですよね。そこで天守夫人と、その若侍・図書之助とのラブ・ストーリーになるという、だからあれはギリギリ、新派的な悲劇のノリでもね、割といけるし(笑)、見どころもありますよね。

安田 動きも作りやすいし。

 そうですね。あと、さっきおっしゃった朱の盤とか舌長姥とかね、妖しい婆さんがべろべろ舌を伸ばして人間の生首をおいしそうに舐めるシーンとか(笑)、そういうお化けがいっぱい出てきて、それぞれに見せ場もある。天守閣の上から、女の童たちが釣糸を垂れて、野原の草花を釣り上げる冒頭の趣向とか……ああいうのは、まさに鏡花幻想の独擅場で。

安田 露で秋草を釣るというね。

 まあ、実際の舞台で観ると案外しょぼいんですけど(笑)。でも、鏡花のト書きで読むと、実に陶然たるシーンが彷彿とする。「天守」にはそういう見せ場があるんですけど、「海神別荘」はね、なかなか……。

▼『海神別荘』を上演するための工夫

安田 結局、鏡花の存命中には一度も上演されなかった。

 そういうことですね。それだけにやりづらい、って話を、この間も稽古の時にしましたけど、でもそれを安田さんがどう料理して、面白く見せようか、という演出の奇計がね、すごいな、さすがだな、と思いました。

安田 僕が関わる作品は毎回そうなのですが、料理というよりも、切り刻むだけ僕がやって、料理はおのおのの人に任せる、奥津さんに任せたりとか、奈々福さんに任せたり、美千香ちゃん(人形師)に任せたり、いろんな人に任せちゃう。

 例えば玉三郎的な正統的なアプローチだと、まあやらないだろうな、という感じの斬新な脚色になっていますね。

安田 この前の打ち合わせで、やっとどんな風になるかが最後まで見えましたね。やっと最後まで見えて、案外面白いと(笑)。

 皆さん御存知のように安田さん、「イナンナ」でも大忙しですし、他にもいろいろな活動で東奔西走されているので、奈々福さんが危機感を深めまして、私の所に「とにかく『海神別荘』に安田先生の注意を向けさせないと、3月の公演やばいですよ……」って真剣に相談されまして。で、二人がかりでいろいろね、どちらも昔取った杵柄で原稿の取り立ては得意技だから(笑)、ダブルで安田さんにせっついてですね、無事に脚本があがって、さらに細部を……。

安田 お二人とも敏腕編集者でしたから(笑)。でも、たとえば岩波版の『鏡花小説・戯曲選』の解説に「自分は鏡花の戯曲を実際に見てみたいと思わない」って、書いてあるんですよね。

 ありましたね、寺田透さんだったかな。

安田 それくらいやりづらい。

 結局、人間臭くなってしまうとまずい部分がありますからね。だから玉三郎による舞台が成功したのは、全盛期の玉三郎自体が、ちょっと人間とは思えないというか、この世のものならぬ美しさを湛えていたからだろうと。そういうモノノケ的に神がかった俳優が柱にいないと、なかなか難しいんだろうなという感じはありますね。

安田 今回こちらでは人形を使っていますね。

 そうなんですよね。百鬼ゆめひなさんの! ヒロインに人形を起用するというのは絶妙なアイデアであり、面白い試みになりますね。実際、鏡花には人形をテーマにした作品がけっこう多くてね、「神鑿」なんていう、女と人形が混淆されてしまう過激な人形幻想譚もありますし。その意味でも、原作の企図に叶ったアプローチになるんじゃないかと思います。

▼鏡花とフランス文学

安田 鏡花の戯曲って、読む分にはすごく面白いですね。「海神別荘」も読む分にはすごく面白いんですが……。

 戦前戦後、それこそ1960年代まで、鏡花といえば古くさい新派劇の原作者という位置づけが長らく続いていました。鏡花といえば「婦系図」や「日本橋」で、古風な人情話を書く人という、今では信じられないような認識だったのを一気に変えたのが、例えば三島由紀夫であり澁澤龍彦でした。
 
 この二人が、中央公論社版『日本の文学』の鏡花集の月報で「鏡花の魅力」と銘打つ対談をされて、三島さんは巻末解説も担当しています。そちらは鏡花再評価の起爆剤になった名解説で、私も『文豪怪談傑作選 三島由紀夫集』に収録していますけど、対談も実に啓発的な内容でした。

 その中で二人が、いちばん熱を入れて語っていたのが、鏡花戯曲の話なんです。こんなやりとりがありますよ。


三島 (略)鏡花は、あの当時の作家全般から比べると絵空事を書いているようでいて、なにか人間の真相を知っていた人だ、という気がしてしようがない。
 
澁澤 芝居の中には、そういうものが非常にナマで出ているんじゃないですか。

三島
 もう露骨に出ています。澁澤さんが「山吹」を褒めてくれたのは嬉しいな。僕は今まで「山吹」を読んでいる人に会ったことがないんだ。

澁澤
 「天守物語」とか、「山吹」とか、「戦国新茶漬」とか、「海神別荘」とか、「紅玉」とかみんなシュールレアリズムですね。結局、鏡花は理想主義者かなあ、天使主義者かなあ……ニヒリストじゃないでしょう。

三島
 ええ。ニヒリストの文学は、地獄へ連れて行くものか、天国へ連れて行くものかわからんが、鏡花はどこかへ連れていきます。日本の近代文学で、われわれを他界へ連れていってくれる文学というのはほかにない。文学ってそれにしか意味はないんじゃないですか。


 このおしまいのほうの三島さんの発言は、「海神別荘」のラストの台詞を意識したものですね、おそらく(笑)。こんなのをですね、生意気盛りの中学生が読んだら(私のことですが)、それはもう幻想文学の方へと一気に持っていかれちゃいますよ(笑)。

安田 澁澤といえばフランス文学ですが、前にツイートしたんですけど、マラルメを読んでいて。

 びっくりしました。いきなり鏡花の話題から飛び抜けて、マラルメのお話を、この間なさったので。

安田 鏡花との関係で、マラルメも「牧神(半獣神)の午後」を上演するつもりで書いて、でも、たぶん難解過ぎて上演されなかった。上演を拒否されましたね。鏡花の文章もすごく美しいんですが、声に出してしまうと、今のお客さんには理解できない言葉がずいぶん多い。

 多いですよね。朗読される方もよくおっしゃるんですけどね、鏡花の小説の朗読が難しいのは、そこなんですよね。耳で聞いただけでは、平成の現代人には厳しい。でも、当時の人もわからなかったんじゃないかっていう気もするんだけど(笑)、今となっては尚更ね、耳で聞いただけではよくわからない。そこの問題がありますよね。

安田 今回、僕達の上演に際しては、いろんな芸を入れていこうと思いまして。そう、大「芸尽くし」の上演にしようと思っています。それはやっぱり鏡花が能楽師の家系に属するということとも関係があるんです。能の中には「芸尽くし」がいっぱいあるんですね。
 
 いま能をみると「芸尽くし」には見えない。これは僕たちが昔のさまざまな芸をよく知らないからなのですが、しかし能の中にはそういう「芸尽くし」がいっぱい入っていて、昔の人は物語として能を楽しむだけでなく、そういう「芸尽くし」も楽しんだんじゃないかと思うのです。で、この「海神別荘」を読みなおしてみると、かなりあるんですよ、「芸尽くし」的な要素が。今回は、その「芸尽くし」の部分をちょっと拡大して上演してみようと思っています。

 今回の上演の特徴としては、まず泉鏡花役として東さんに出ていただいて、ト書きを読んでいただく。文字の映写と共に。文字の美しさ、きらきらした美しさを感じていただく。

 もう一つは「芸尽くし」を楽しんでいただく。その芸尽くしも、例えばリズムなんかは江戸時代のリズムではなく、中世的なリズムに戻しちゃおうと思ってるんです。

僕達が日本的なリズムだと思ってるのは、江戸時代的なリズムですね。

例えば、七五調の言葉がありますよね。七五調の言葉(12音)と8拍(16)の中に収めようとすると、例えば「もしもしかめよ~、かめさんよ~」と句の最後を伸ばして帳尻を合わせます。

ところが能では違うのです。これは流派にもよりますが、たとえばうちの流派の場合は…

「もーしもーしかめーよかめさんよ」となります。ちなみに最初の「もー」は半拍前から入ります。

※文字ですとわかりにくいですね(笑)

シンコペーションなのです。まあ、こんな感じのことも含めていろいろとやってみようと思うんです。

で、それで舞うのは奥津さんです。僕は今回見てるだけです(笑)。

<まだ続きます>

 『海神別荘』への道 010203
語りを考える(玉川奈々福)


▼『海神別荘』公演 ご予約の方法

日時:3月5日(土)14:30開場 15:00開演 
場所:亀戸・カメリアホール
(JR総武線で秋葉原から4駅8分「亀戸」駅下車 北口徒歩2分)

全席指定 予約5000円 当日5500円
※「てんらい会員」の方は1,000円引きになります。
「てんらい」の会については以下をご覧ください。

http://inanna.blog.jp/archives/1033520801.html 

ご予約の方法は3通りございます。

・カメリア・ホールに直接お申し込みいただく(てんらい割引はございませんのでご注意を!)
03-5626-2121 インターネット予約もございます。
http://www.kcf.or.jp/kameido/concert_detail_010500300307.html 

・てんらい事務局にご連絡いただく
てんらい会員の方は割引料金でご予約いただけますので、てんらい事務局、あるいは出演者の方にお申し込みくださいませ。
てんらい会員入場料:全席指定 予約4000円 当日4500円
event@inana.tokyo.jp
080-5520-1133(9時~20時)

・出演者にお申し込みいただく
チケットを扱っている出演者は、 東雅夫奥津健太郎玉川奈々福です。この3人に直接、お申し込みいただくこともできます(他に出演者にもお申し付けいただくことはできます)。

出演:安田登(能楽師ワキ方下掛宝生流)、槻宅聡(能楽師笛方森田流)、奥津健太郎(能楽師狂言方和泉流)、百鬼ゆめひな(人形師)、玉川奈々福(浪曲師)、蜜月稀葵(ダンサー)、新井光子(チェリスト)、東雅夫(作家) ほか

お待ち申し上げております。
 

ダンスワークショップ 第七回ご報告(蜜月稀葵)

第七回:ダンサーが毎日やっている稽古を簡単バージョンで体験

今回はかなりマニアックになってしまいました。
動きの説明から色々派生して、、、

・ひたすら軸の稽古
・骨の積み上げ
・コントラクション
・複合したコントラクション

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次回からもマニアックに動きを一つ一つ丁寧に説明して、動かしていきたいと思います。


次回、第八回は
2016年3月20日(日)17:00~19:00

場所
カマレホウジュ
中央区銀座1-23-4明松ビル201 


ご予約
camale.info@gmail.com
080-7952-6709


お待ちしております!

『海神別荘』への道(3)海神別荘寺子屋 第一回目02

『海神別荘』への道、今回も前回に引き続き、先日行われた「海神別荘寺子屋」の様子をお届けします。今回は、鏡花の人生なども東さんがお話くださっています。

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▼舞台にしてみたいという誘惑にかられる鏡花の作品

 ちなみに安田さんは、鏡花はどこから入っていらっしゃるんですか?

安田 実は鏡花そのものではなく、山岸凉子の漫画がきっかけなんです。

 おや、それはちょっと異色な入り方ですね。

安田 はい。あの頃、少女マンガに凝っていて。能を扱った花郁悠紀子さんの作品も好きで…。そうそう、花郁さんといえば『鏡花夢幻』という作品で、鏡花の作品を漫画化されていらっしゃる波津彬子さんは花郁さんの妹さんですよね。東さんともお親しい。

先ほど(前回)にもお話が出ましたが、鏡花の作品って読みにくいので、今回の出演者には、まずこの漫画を読むように勧めています(笑)。

鏡花夢幻

あ、話を戻しますと、最初に読んだ鏡花作品は「高野聖」が最初で、その次が「草迷宮」……。

 おお、いきなり怪奇幻想系の本丸に!

安田 「草迷宮」はちょっとびっくりしましたね。

 「草迷宮」は傑出してますよね。鏡花幻想文学の代表作。

安田 寺山修司が映画を作っていますでしょう。あれも衝撃でした。

 裸の女の子たちが輪になって手鞠をついてたりとかね。寺山世界との混淆が……。

安田 実は若い頃、能を始める前に鏡花の作品を能にしたいなと思って、能にしたことがあったんです。

 なんと! どの作品を?

安田 「龍潭譚」です。

 うわー、それは凄い!

「龍潭譚」は「高野聖」の原型になった初期作品で、神隠しを扱った夢幻的な物語です。

 躑躅が満開の山に遊びに来た男の子が、ハンミョウという美しい毒虫を夢中で追いかけているうちに、山奥へと迷い込んでしまう。そこは「九ツ谺」と呼ばれる魔処、隠れ里なんですが、そこには美しい女性がいて、男の子をひと晩、泊めてくれる……鏡花の小説の幻想世界には、たいてい美しい女性が出て来るのですが(笑)その最初期の好例です。

 実を云うと、私が最初に出逢った鏡花作品も、この「龍潭譚」でして、澁澤龍彦さんの『暗黒のメルヘン』というアンソロジーの巻頭に収められていたのを読んで、そこから怪奇幻想文学にハマったという、非常に想い出深い作品なのです。

 しかし、それを何でまた能にしようと?

安田 ええ、まだ能の実演を観てもいなかった頃なんですが、謡本は岩波の日本古典文学大系の『謡曲集』で読んでいたので……20代の前半の頃ですかね。

 まだ残ってますか、そのときの草稿?

安田 もうないと思います。当時は全部、原稿用紙に書きましたからね。引っ越すたびになくなります(笑)。

 ほんとかなあ。それは興味津々ですね。

安田 「龍潭譚」を読んだときね、すごく芝居にしたいと思ったんです。あの頃って寺山修司もいたし、唐十郎も元気だったし、つかこうへいなんかもいて、芝居がすごく元気だった時代で、僕も戯曲を書いてみたいと思ったんですが、僕には創作の能力はたぶんない。

 そのときに「龍潭譚」に出会って、芝居にしたいと思ったのですが、でも、あれを普通の芝居にしようとしたら、たぶん不可能なんじゃないか、普通の芝居にはたぶんならないと思って、能のような形式だったらなるんじゃないかと思った。40年程前の話ですからね、よく覚えていないのですが。

 まさにそれは、今日のテーマでもありますね。鏡花の作品って、なんだか無性に舞台にしてみたいという誘惑にかられるところがありますから。

▼鏡花について 
能との関連やら何やら

 では、本題に入っていく前に、鏡花がどんな人だったかということを簡単にまとめていきますと、生まれたのが明治6年(1873年)、石川県金沢市の出身です。いま金沢の下新町に泉鏡花記念館というのがありまして、その所在地がもともとの鏡花の生まれた場所です。ただし家は明治の大火事で焼けてしまい、その跡地に建てられた建物が改装されて、鏡花記念館になっています。

 鏡花の父親は彫金細工をやっていた職人さんなんですね。とても腕のいい職人さんだったそうなんですけど、そういう方にありがちな名人肌で、なかなか仕事をしない(笑)。そういう困ったお父さんだから、お家は非常に貧乏だったというね。だから、いわゆる普通にエリートコースで、旧制高校から帝国大学へみたいな進路は、その時点であきらめていたようです。

 一方、母親のすず(鈴)さんは、まさに能と関係が深い、葛野流の鼓の家に生まれた方で、江戸の実家(中田家)から嫁いで来た。叔父さんに、高名な能楽師の松本金太郎がいます。

安田 松本金太郎といったら、名人中の名人ですよね。明治期の大名人のひとりです。

  そういう人を鏡花は叔父さんにもっている。ですから鏡花は、職人気質を父親から受け継ぎ、母親から能や江戸文学の素養を──お母さんはお嫁入りに際して、草双紙や絵双紙の類を持っていらして、幼い鏡花はお母さんの絵双紙を絵本代わりに見ては、どんなことが書いてあるの? と母親に訊いては困らせたという、そういう逸話があります。
 
 ところが、鏡花がまだ10歳くらいの時、お母さんが29歳の若さで早世してしまうんですね。それが鏡花にとって大きなトラウマになり、彼の文学の核心に、常に美しく儚げな女性が登場するきっかけになったと言われております。

 鏡花は地元のミッションスクール英語を学び、『アラビアン・ナイト』やアプレイウスの『黄金のろば』などの海外文学にも親しんでいますが、同じ時期に尾崎紅葉の小説を読んで非常に感銘を受けて、ぜひこの先生に入門して自分も小説家を志したいと思ったんですね。

 それで明治23年に一念発起して上京します。普通は東京へ着くなり、先生の家へ押しかけると思うんですけど、鏡花は神楽坂にある紅葉宅の玄関先まで行ったんですけど、もう足が止まって震えてしまい、とうとう門を叩くことができず、どうしたかというと、同郷の知り合いを頼って居候をして、一年間の東京放浪生活を送ることになります。
 
 当時の書生とか医学生というのは、みんな貧乏暮らしが当たり前ですから、鏡花が転がり込んだ先の友達が家賃を踏み倒して逃げて、鏡花が人質にされて、ずっとそこに留まらせられたりとか、いろんな苦労をしたようです。

 で、ようやく一年後、たまたま紅葉と縁続きの男と知り合って、紹介状を書いてもらい、紅葉と対面して志を述べたところ、即座に入門を許されて、紅葉宅の玄関番をしながら、小説家修行をすることになります。どうやら紅葉は、鏡花がまだ故郷にいた時に送った手紙を記憶していたらしくて、鏡花の文才を見抜いていたフシがありますね。だからすんなり入門を許されたんじゃないかという感じがするんですけど。

 紅葉を中心とする作家たちのグループ硯友社は、当時の文壇の一大勢力でしたから、鏡花も期待の新進として、作品を発表するようになり、特に「夜行巡査」とか「外科室」といった作品で頭角を現していくんですね。
 ところが、尾崎紅葉は明治36年、35歳の若さで急逝してしまいます。紅葉が亡くなると、硯友社は一気に瓦解をしてしまい、同門の徳田秋声のように、新興勢力として台頭してきた自然主義文学に乗り換える人も出てくる。

 ちなみに鏡花と秋声は一時期、犬猿の仲で、秋声が「紅葉先生は甘いものが好きだったから若死にしたんだ」みたいなことをうっかり口を滑らせたら、鏡花が目の前の火鉢を飛び越えて殴りかかったという有名な逸話があるんですね。鏡花って、とても小柄な人なんですよ。体重も45キロくらい。それがぴょーんと火鉢を飛び越えて飛びかかったそうで(笑)。

 そうした中で鏡花は独立独歩といいますか、独自の妖美怪異な文学世界を、一種職人的な勤勉さで極めていきました。その意味では、紅葉は怪奇幻想系にはあまり理解がなかったので、早くに師を亡くしたことで、逆に鏡花独自の文学世界が自在に開花することになったともいえるかも知れませんね。

 本当にいろいろな作品を、なにしろ生まれたのが明治6年で亡くなったのが昭和14年ですから、明治・大正・昭和の三代を通じて、長短篇小説や戯曲、随筆などを書き継いだ。さすがに晩年は数は少なくなりますが、生涯を通じて、小説がおよそ300編小説以外も100編くらいは優にありますから、だいたい400編くらいの作品を遺してます。しかもその大半が、幻想と怪奇、おばけの世界を描いた作品なのですね。いま幻想文学と呼ばれるような分野で、おそらく最もハイレベルな作品を、長期間にわたって手がけた文豪の筆頭に挙げられる作家と言っていいと思います。

 自然主義など舶来の新しい文学を信奉する人たちから見たら、鏡花みたいに江戸時代の文学、草双紙的なものを自分の文学のベースにしていて、しかも書くことは、おばけの話ばかりという、そういう人は時代遅れとか迷信家とか、酷い言われようをされたわけですが、一方では、柳田國男とか夏目漱石とか永井荷風とか芥川龍之介とか、鏡花を敬愛する文豪たちも少なくなかった。そうした人たちの支えもあって、鏡花は頑として自分のポリシーを変えることなく生涯にわたってお化けの、特に美しさ妖しさをひたむきに追求し続けた、そういう作家でありますね。

 で、そのひとつのエッセンスというかね、最も高みに上ってるのが、一連の戯曲作品で、特に『海神別荘』それから皆さまもご存じの方多いと思いますけれど『天守物語』、それからやっぱり玉三郎が映画にしたことがある『夜叉ケ池』──この三大妖怪戯曲が、鏡花的な幻想のひとつの極みに位置づけられるんじゃないかなと思います。

安田 突然雑談なんですけれども。この間ある県に行って「『海神別荘』をやるんですよ」と言ったら、「『天守物語』もやってくれませんか」と言われて、別の依頼としてですね。しかも、お城の天守でやって欲しいということなのです。

『天守物語』は15年くらい前からずっとやりたかったんです。で、そうすると図書之助は誰かなと思ったときにですね、そのときイメージは、こちらの奥津さんだったんです。凛々しい若侍。でも、もう15年も経つし、むろん奥津さんでも全然いいのですが、ひょっとしたら奥津さんのお子さんもいいかなと……。

 もう少しだけ、成長を待って(笑)。

安田 そうそう。そうすると奥津さんは朱の盤坊とかね。すみません、雑談で。先週言われたもので、思い出してしまって……。

 でもいずれは、今回の『海神別荘』をスタートに、『天守物語』そして『夜叉ヶ池』と、安田登版鏡花戯曲が実現できたら、素晴らしいですねえ。

安田 大変なのは奥津さんで。

奥津 はい。いつも勉強してるという感じです。

安田 いま、鏡花戯曲というお話がありましたが、戯曲にはト書きがあって、普通ト書きというのは無視するのですが、鏡花の戯曲はト書きがすごく美しい。だから無視するにはあまりにもったいない。そこで、今回は泉鏡花役として東さんにご出演いただきます。で、東さんにト書きを全部読んでいただき、でも鏡花のト書きってすごく美しいからこそ、難しい。で、文字そのものも美しいので、こりゃあ背景にト書きを出そうと……。

 映写するんですよね。

安田 はい。そんなことを考えながら。

 最初は単に『海神別荘』の解説をしてくれと言われて、気安くお引き受けしたら、いつのまにか……なぜか最初の幕開けのところで小芝居を、玉川奈々福さんとなにやら小芝居をしろという展開に……。

安田 最初は解説していただくはずだったんですけど、解説していくうちになんとなく物語が始まった方が面白いかなと、そこで幕が開く。そうしたらもう芝居をしていただくしかない。で、役としては泉鏡花しかない。そこで芸者の役として登場する奈々福さんと絡むことになったんですね。

 及ばずながら、精一杯がんばりたいと思います。

<続く>
 
 『海神別荘』への道 010203
語りを考える(玉川奈々福)


▼『海神別荘』公演 ご予約の方法

日時:3月5日(土)14:30開場 15:00開演 
場所:亀戸・カメリアホール
(JR総武線で秋葉原から4駅8分「亀戸」駅下車 北口徒歩2分)

全席指定 予約5000円 当日5500円
※「てんらい会員」の方は1,000円引きになります。
「てんらい」の会については以下をご覧ください。

http://inanna.blog.jp/archives/1033520801.html 

ご予約の方法は3通りございます。

・カメリア・ホールに直接お申し込みいただく(てんらい割引はございませんのでご注意を!)
03-5626-2121 インターネット予約もございます。
http://www.kcf.or.jp/kameido/concert_detail_010500300307.html 

・てんらい事務局にご連絡いただく
てんらい会員の方は割引料金でご予約いただけますので、てんらい事務局、あるいは出演者の方にお申し込みくださいませ。
てんらい会員入場料:全席指定 予約4000円 当日4500円
event@inana.tokyo.jp
080-5520-1133(9時~20時)

・出演者にお申し込みいただく
チケットを扱っている出演者は、 東雅夫奥津健太郎玉川奈々福です。この3人に直接、お申し込みいただくこともできます(他に出演者にもお申し付けいただくことはできます)。

出演:安田登(能楽師ワキ方下掛宝生流)、槻宅聡(能楽師笛方森田流)、奥津健太郎(能楽師狂言方和泉流)、百鬼ゆめひな(人形師)、玉川奈々福(浪曲師)、蜜月稀葵(ダンサー)、新井光子(チェリスト)、東雅夫(作家) ほか

お待ち申し上げております。
 

2月のてんらいワークショップのお知らせ

『イナンナ』の日本デザインセンターでの公演は無事に終了いたしました。足をお運びくださった皆様、お力をお貸しくださった皆様、本当にありがとうございました。二月の公演は終了しましたが、まだまだ『イナンナプロジェクト』は続いていきます。まずはワークショップのご案内です。

直前に迫ったものもあります。どうぞそれぞれのワークショップのスケジュールをご確認くださいませ。


●発声ワークショップ(第7回 最終回)

《総仕上げ!全身の繋がりを考えながら、五つの母音、グレゴリオ聖歌、イナン ナ賛歌を歌います》
2月19日(金)  19:00-21:30
講師:香西克章
会場:三田フレンズ 地下1階 第2音楽室
   目黒区三田一丁目11番26号
     最寄り駅:目黒駅、恵比寿駅から徒歩10分
     電話番号:03-3791-7901
基準受講料:2,500円(ですが、基本お賽銭です)
予約:katsuaki-1963-g.gould@i.softbank.jp


●ダンスワークショップ(第7回)
《ダンサーが毎日やっている稽古を簡単バージョンで体験》
2月21日(日)  17:00-19:00
講師:蜜月稀葵
会場:銀座・カマレホウジュ
住所:中央区銀座一丁目23番4号
基準受講料:2,000円
予約:カマレホウジュ 080-7952-6709
camale.info@gmail.com


●シュメール語ワークショップ(第6回)
《クルガラ・ガラトゥルと一緒に踊る》
2月22日(月)  19:00-21:00
講師:高井啓介
会場:東方學會2F会議室
住所:千代田区西神田二丁目4-1
最寄駅:神保町
基準受講料:2,000円
予約:event@inana.tokyo.jpまで。(いつもとメールアドレスが違います!)


●能楽ワークショップ(第6回)
2月25日(木)19:00〜
講師:安田登
会場:三田フレンズ 地下1階 第2音楽室
   目黒区三田一丁目11番26号
     最寄り駅:目黒駅、恵比寿駅から徒歩10分
     電話番号:03-3791-7901
基準受講料:2,000円
予約:info@watowa.net


●浪曲ワークショップ(第6回)
2月29日(月)19:00-21:00
講師:玉川奈々福
会場:亀戸駅前カメリアプラザ6F和室
※満員御礼となりました
たくさんのご予約ありがとうございました。


ご連絡が遅くなって申し訳ございませんでした。

『海神別荘』への道(2)海神別荘寺子屋 第一回目01

「海神別荘寺子屋 第一回目01」

これから数回に分けて、2月1日(2016)に東江寺(広尾)さんで19時より行われた『海神別荘』寺子屋  第一回目の模様をお送りします。ちなみに次回は29日です。受講料はお賽銭。飛込みも歓迎ですが、テキストの用意もございますので、事前にメールをいただけると助かります。

info@watowa.net

▼お化けの専門家といえば東さん
 
海神別荘寺子屋01

安田 こんばんは。こちらは今日のゲスト、東雅夫さんです。

 よろしくお願いします。

安田 先般、東大の経済学部の学生が主体になって「大人の教養学部」という講座を開講しました。その監修を依頼されて、まずは第一期を「宗教と価値観」というテーマにしました。僕たちは外国に行くと「自分は何者なんだろう」という問いが突きつけられることがあります。その答えは個々人が考えるべきことなのですが、その自分を作っているさまざまなことを「宗教」という観点からみていこう、という講座です。

「宗教と価値観」というテーマにしたときに、最初に思い浮かんだのはもちろん「神道」「仏教」です。ところが、僕たちはお寺というと、たとえば「四諦八正道」などという仏教の教理というよりは、まずはお墓がイメージされて、さらには幽霊だとか人魂だとか、そんなものがイメージされます。実は日本人の宗教観の中心というのは、仏教的な深遠な教理や、神道の国学的な話ではなくて、お化けだったり妖怪だったり、そういう怪異現象なんじゃないかと思ったのです。

 ですから宗教観を考えるのに、神道、仏教だけでなく、やはり妖怪、怪異を入れるべきではないかということで、神道は神田明神の禰宜の清水祥彦さん、仏教は釈徹宗先生にお願いしたのですが、妖怪・怪異といえば、もうこれは日本広しといえども東さんしかいないんじゃないかと。いま日本でお化けを語らせたら、東さん。あ、水木しげる先生もいらっしゃいますが亡くなられてしまって…。

 いきなり、とんでもない方と較べないでくださいよ!(汗)

安田 東さんと水木先生の大きな違いは、水木先生は半分あっちの世界にいらっしゃった、東さんはわりとこっちの世界にいながら、あっちを語るという希有な方ですね。

 昨日たまたま水木先生のお別れ会が青山斎場でありました。なんと8千人くらいの参列者があったようです。葬儀委員長は荒俣宏さんで、京極夏彦さんが司会を務めて。ニュースでも流れていたので、ご覧になった方も多いかと思うんですけど、京極さんがデザインされた祭壇がユニークでね。中央に丸い輪があって、その中に水木さんの遺影が飾られている。この丸い輪は、この世とあちらの世界の境目で、水木さんはたまたま輪の向こう側にいらしてしまったけれども、ちっとも亡くなったという感覚は僕にはありません、と京極さんが開口一番おっしゃって。きっと、今この瞬間も向こう側から、こちらのことを見守っているに違いない、と。弔辞を読まれた皆さんも口々に、水木さんは、あの世へ引っ越しただけ、ちょっと旅行に出ただけ……とおっしゃっていました。まさに、そういうスタンスの方でしたよね。

安田 ちなみに「大人の教養学部」の一番最初は、いとうせいこうさんにお願いしまして、東さんの回は3月の2日です。ぜひどうぞ!

今日はもう一人のゲストにお越しいただきまして、こちら、お馴染みの奥津健太郎さんです。

奥津 こんばんは。

安田 奥津さんは能楽師の狂言方ですが、すごく昔からの知り合いという甘えで、僕が作る作品では、一番大変な部分を奥津さんにお願いしてしまいます。台詞も多いですね、いつもね。

奥津 はい。まあ、わりと。でもいろいろ御配慮もあるので、なんとかやっているという感じなんですけども(笑)。

安田 台詞も多いし、直前に変わるしね。直前って、どのくらいで変わるかというと、本番の30分前に変えることがありますよね。

奥津 あの、前、始まってから変わったことが(笑)。

安田 そういうこともありました。

▼鏡花のまずは一冊

安田 で、今日は前半は、鏡花の話を。

 今日は、3月5日に亀戸のカメリアホールで公演をする『海神別荘』にちなんだ寺子屋ということで。とはいえ、いきなり『海神別荘』の話をするのも唐突かなと思いますし、29日の寺子屋でもお話をさせていただく予定なので、今回は『海神別荘』の作者である泉鏡花という作家のことを──どんな人で、どんなものを書いていたのか、ということを、前半でお話ししたいなと思っています。

 最初に皆さんにお伺いしますが、泉鏡花の作品──まあ、いろいろありまして、初期の例えば「夜行巡査」とか「外科室」という深刻小説と呼ばれた出世作から、「高野聖」であるとか、あるいは「草迷宮」「春昼」といった怪奇幻想を極める名作群。晩年にも「歌行燈」のように能とも大変に関わりの深い作品があったり、いろんな作品があるんですが、つらつら思い返してみていただいて、鏡花作品を何作くらいお読みになったことがあるかを訊いてみたいと思います。
 
 例えば10作以上、読んでるよという方、手を挙げていただけますか?

 おお、はい、わかりました。ということは、皆さん10作以下ということでよろしいですね(笑)。

 5作から10作くらいは読んだよという方、ああ、はい。……ということは、皆さん1作から4作ぐらいだったら読んだことあるよという方、手を挙げてみてください。

 はい、ちょっとホッとしました。一度も読んだことのない方も、いらっしゃいますね。いや、それが今では普通で
す……。

安田 読み通せなかったという人も……。

 そう、そのパターンが多いでしょうね。

鏡花の文章というのは、『海神別荘』もト書きの部分がそうですけれども、江戸文学の素養がとても豊富にあった人なので、当時としても相当に古風な、しかも絢爛華麗なレトリックなんですね。華麗すぎて何を言ってるのか時々よくわからなくなるというくらい(笑)。

それは専門家の先生方でもそうで、ここはどういう意味なんだろうね、と研究会でも問題になったりするくらい。ですから、この種の文章を読み慣れていない方が、いざ鏡花作品に手を付けたはいいけれども、なかなか読み通せないのも無理からぬことだと思います。

 とはいえ、決してそういう作品ばかりではありませんし、会話の多い作品、特に戯曲はね、『天守物語』もそうですし、『海神別荘』『夜叉ケ池』もそうなんですけど、実に流麗で格調高い名調子、美しい日本語がずっと連なっていくという傑作が、いくつもあります。坂東玉三郎さん主演の舞台でも、おなじみですね。

安田 映画にもなっていますしね。ところで突然お聞きしていいですか? 読み通せなかった方のために、これだったら大丈夫そうだという作品を挙げていただけますか。

 うーん。宣伝みたいで気がひけるんですけれども、私が平凡社ライブラリーから編纂刊行したおばけずき 鏡花怪異小品集というアンソロジーがありまして、これの編纂動機のひとつは、今まさに安田さんがおっしゃったように、鏡花を読み通せないという方に向けて、比較的とっつきやすい作品を集めて提供しようということでした。

それで小品とか随筆、談話など、短いもので、しかも怪しいお話を集成してみたわけですね。いずれも鏡花にしてはわかりやすく、普通の言葉というのも変ですけども、わりと肩の力を抜いた感じで書いたり語ったりしている作品が多いので、鏡花世界入門には手頃ではないかと思います。

_AA160_
おばけずき 鏡花怪異小品集』(平凡社ライブラリー:泉 鏡花、 東 雅夫)
 
安田 これ一冊読めると、さっきの10から15の中に突然入れるということに……。

 そうです!(笑)

<続く>

『海神別荘』への道 0102→03(未)
語りを考える(玉川奈々福)


▼『海神別荘』公演 ご予約の方法

日時:3月5日(土)14:30開場 15:00開演 
場所:亀戸・カメリアホール
(JR総武線で秋葉原から4駅8分「亀戸」駅下車 北口徒歩2分)

全席指定 予約5000円 当日5500円
※「てんらい会員」の方は1,000円引きになります。
「てんらい」の会については以下をご覧ください。

http://inanna.blog.jp/archives/1033520801.html 

ご予約の方法は3通りございます。

・カメリア・ホールに直接お申し込みいただく(てんらい割引はございませんのでご注意を!)
03-5626-2121 インターネット予約もございます。
http://www.kcf.or.jp/kameido/concert_detail_010500300307.html 

・てんらい事務局にご連絡いただく
てんらい会員の方は割引料金でご予約いただけますので、てんらい事務局、あるいは出演者の方にお申し込みくださいませ。
てんらい会員入場料:全席指定 予約4000円 当日4500円
event@inana.tokyo.jp
080-5520-1133(9時~20時)

・出演者にお申し込みいただく
チケットを扱っている出演者は、 東雅夫奥津健太郎玉川奈々福です。この3人に直接、お申し込みいただくこともできます(他に出演者にもお申し付けいただくことはできます)。

出演:安田登(能楽師ワキ方下掛宝生流)、槻宅聡(能楽師笛方森田流)、奥津健太郎(能楽師狂言方和泉流)、百鬼ゆめひな(人形師)、玉川奈々福(浪曲師)、蜜月稀葵(ダンサー)、新井光子(チェリスト)、東雅夫(作家) ほか

お待ち申し上げております。
 

『海神別荘』への道(1)

yasuda
(安田登)
今日はこれから『イナンナの冥界下り』の日本デザインセンター公演なのですが、これから何度かに分けて『海神別荘』について書いていきます。

海神小

本年、3月5日(土)にカメリア・ホール(亀戸)で上演する泉鏡花の『海神(かいじん)別荘』。泉鏡花戯曲の最高傑作をうたわれながらも、その生前には一度も上演されなかったこの作品を、能・狂言を中心に、人形、浪曲、ダンスなどで料理してお届けいたします。

この作品を上演したい!と思ったのは、「3.11」の日でした。このことに関しては長くなりますので、また別の機会にお話しますね。

▼『海神別荘』の上演を躊躇させる理由

さて、泉鏡花の最高傑作とうたわれながらも『海神別荘』が鏡花の生前には上演されなかったというのは、上演が難しいからです。ただ、上演するだけなら誰でもできます。でも、戯曲を読んだ演出家や役者は「これは上演しても面白くはならないんじゃないか」と思ってしまうのです。

これってマラルメが『半獣神の午後』を上演台本として書いたのに、結局はどこも上演させてくれなかったのに似ていますね。そうなんです。マラルメの『半獣神』と鏡花の『海神別荘』には、共通点があるのです(これも後日)。

で、まずは何がこの作品の上演を躊躇させるのかを考えてみました。

(1)何も起こらない
演劇やドラマの基本構造は「男がいて、女がいて、そのふたりの間に葛藤が起き、最後にそれが解決して大団円を迎える(男・女でなくても可)」だといわれています。

ところがマラルメも鏡花も、何も起こりません。小事件は起こります。でも、それは葛藤にはならず、だから大団円もなく、見終わったあとの「ああ、よかった」というカタルシスにもつながらないのです。

こりゃあ、「上演してもつまらないかも」と思うのももっともですね。 

(2)登場人物に感情移入ができない
私たちは演劇やドラマを見ると、登場人物の誰か(多くは主人公)に感情移入をします。だからこそ、葛藤ではドキドキするし、大団円ではスッとします。

が、『海神別荘』の登場人物は、海底の宮殿に住む非・人間。やっと現れた人間(美女)ですら人身御供にされているので、もう死んでいます。

誰にも感情移入ができないのです。鏡花はとことん観客を突き放しています(笑)。

(3)彼岸から語る物語
当たり前の話ですが、ふつうの物語は「この世」のお話です。あの世のことを物語る、怪談や幻想文学も、だいたいが「この世」から「あの世」を描きます。

ところが『海神別荘』は、あの世からこの世を語っているのです。これは珍しいし、まあ、そりゃあ感情移入なんてできないだろうね、って感じなのです。

▼なら「芸尽くし」で

この3つの理由。

(1)何も起こらない、(2)登場人物に感情移入ができない、(3)彼岸から語る物語
 
…って、確かに上演が難しいのはわかりますね。

でも、待てよ、これってどこかで…

そうなのです。これは「能」と同じなのです(我田引水ですみません)。

劇作家のポール・クローデルは能を評して「劇、それは何事かの到来であり、能、それは何者かの到来である」 と書きました。

おお!ならば「能」の手法を使えば、料理できるんじゃないか!と気づいたのです。

でも、「能って、あの退屈なやつでしょ」と思う方もいらっしゃるでしょう。いえ、いえ。静かで、内面に入っていくものだけが能ではありません。さまざまな「芸」を見せる、「芸尽くしの能」というのもあるのです。

で、ひょっとしたら『海神別荘』も「芸尽くし」で上演できるのでは、と思って台本を読み直してみたら、鏡花先生、「芸尽くし」の要素を台本の中にちゃんといくつも入れてくださっておりました。

▼「芸尽くし」の例をご紹介

さて、『海神別荘』の中の「芸尽くし」ですが、たとえば!

海神の公子は、人身御供としてもらい受けた美女の父親に「身の代」を送るのですが、その一覧表を読むところ。これはリズムに合わせて読み、さらにはそれが面白くなって思わず舞を舞いたくなってしまうような書き方がされています。

今回の上演では「沖の僧都(海坊主)」が舞を舞い、童子がタップを踏みます。

真鯛大小 八千枚
鰤(ぶり)、鮪(まぐろ)ともに二万疋(びき)。
鰹、真那鰹(まながつお)各(おのおの)一万本。
大比目魚(おおひらめ) 五千枚。
鱚(きす)、魴鮄(ほうぼう)、
鯒(こち)、鰷身魚(あいなめ)、
目張魚(めばる)、藻魚(もうお)、合せて七百籠(かご)
…(続く)

また、部屋を双六盤に見立てて、人間将棋のように侍女たちが東海道五十三次の「人間双六」をするところがあります。この遊びも侍女と童子で「芸尽くし」として上演しますが、浪曲師の玉川奈々福さんと童子によって三味線を弾きながらの「東海道五十三次の歌」が歌われます。

都路(みやこじ)は
五十路(いそじ)あまりの三(み)つの宿、
時得て咲くや江戸の花、
浪静(しずか)なる品川や、
やがて越来(こえく)る川崎の、
軒端ならぶる神奈川は、
早や程ヶ谷に程もなく、
暮れて戸塚に宿るらむ。
紫匂う藤沢の、
野面(のおも)に続く平塚も、
もとのあわれは大磯か。
蛙(かわず)鳴くなる小田原は…

このほかにも「鮫に襲われる侍女のあ~れ~」とか「美女、大蛇に大変身」などなどたくさんあるのです。そんなわけで能の「芸尽くし」として上演する予定の『海神別荘』、どうぞご覧いただければと存じます。

(続く)次回は東雅夫さんをゲストに先日行われた『海神別荘』寺子屋の様子をお知らせいたします。(次回の『海神別荘』寺子屋は2月29日:月曜日です)

 ▼ご予約の方法

3月5日(土)14:30開場 15:00開演 
場所:亀戸・カメリアホール(JR総武線で秋葉原から4駅8分「亀戸」駅下車 北口徒歩2分)

全席指定 予約5000円 当日5500円
※「てんらい会員」の方は1,000円引きになります。
「てんらい」の会については以下をご覧ください。
http://inanna.blog.jp/archives/1033520801.html 

ご予約の方法は3通りございます。

・カメリア・ホールに直接お申し込みいただく(てんらい割引はございませんのでご注意を!)
03-5626-2121 インターネット予約もございます。
http://www.kcf.or.jp/kameido/concert_detail_010500300307.html 

・てんらい事務局にご連絡いただく
てんらい会員の方は割引料金でご予約いただけますので、てんらい事務局、あるいは出演者の方にお申し込みくださいませ。
てんらい会員入場料:全席指定 予約4000円 当日4500円
event@inana.tokyo.jp
080-5520-1133(9時~20時)

・出演者にお申し込みいただく
チケットを扱っている出演者は、 東雅夫奥津健太郎玉川奈々福です。この3人に直接、お申し込みいただくこともできます(他に出演者にもお申し付けいただくことはできます)。

出演:安田登(能楽師ワキ方下掛宝生流)、槻宅聡(能楽師笛方森田流)、奥津健太郎(能楽師狂言方和泉流)、百鬼ゆめひな(人形師)、玉川奈々福(浪曲師)、蜜月稀葵(ダンサー)、新井光子(チェリスト)、東雅夫(作家) ほか

お待ち申し上げております。 

「語り」を考える。(玉川奈々福)

富士ゼロックス発行の雑誌「グラフィケーション」に、玉川奈々福のロングインタビューが掲載されました。
タブレットの場合は、 http://www.fujixerox.co.jp/…/graphicati…/current_number.html … に、
パソコン、スマホの場合は https://graphication2.s3.amazonaws.com/html/002/index.html… … で
ダウンロードして下さい。

「グラフィケーション」今号の特集は「『語り』を考える」。冒頭の、歌舞伎研究家・渡辺保先生の「語り」論考が、安田先生がいつも、「道行は日本にしかない」とおっしゃっていることの理由を語っておられ、また語り芸の由来について、私がつねづね思っていたこととも重なり、大変面白いです。

ぜひ読んでいただきたく、こちらに書かせていただきました。

てんらいWS発声 第七回(最終回)(香西克章)

身体の理解が深まり、声の解放、声量……
目を見張る成果があがっております。

さて、いよいよ最終回第7回となりました、初めての方もどうぞお越しください。

2/19(金)19:00~21:30 三田フレンズ 地下1階 第2音楽室
参加費は2500円(ですが、基本おさいせんです!)

第1回から体を知る、頭部 、首、体幹腕、脚をとり上げ、体全体のつながりから声がやってくることを学びました。 第7回は、総仕上げ!全身の繋がりを考えながら、五つの母音、グレゴリオ聖歌、イナンナ賛歌を歌います。

「海神別荘」の稽古始まる!

いよいよ本格的な稽古にはいります、泉鏡花原作の「海神別荘」。

いったいどういう舞台なのか、想像していただきにくいかと思います。

お能を中心としながら、浪曲師、人形師など日本の伝統芸能、また、ダンサー、チェリストなども加わり、泉鏡花の幻想世界を、さまざまな芸能のコラボレーションで上演しようというものです。

お能はもともと、死者の魂をなぐさめる芸能であり、見えない世界を描くものです。
海の底の琅玕殿(ろうかんでん)を舞台にしたこの作品。リアルには再現不可能。
ゆえに、見えない世界を描くことに長けた能楽を軸に、芸尽くしで描いてみようという試みです。

海底のこの世ならぬものたちの世界。
誰かが何かを始めれば、それをたちまちに、遊びにしてしまう。
美女の輿入れを待ちかねている間に、歌ったり舞ったりの遊びが始まる。
能楽師狂言方の舞に、チェロやパーカッションがつき、笛が入り、三味線の音も、ダンスも、タップまで入ります。

そして、絶世の美女を演じるのは人形。
迎える公子は、能楽師。

今日の全体稽古で、少しずつ形になってきました。
自分で言うのもなんですが、面白いですよ、この舞台!!!
伝統芸能の、型の力の大きさを感じます。

3月5日(土)15 時より@亀戸駅前カメリアホールにて。チケットは、カメリアホールへ!03-5626-2121
海神小

2月の『イナンナの冥界下り』東京公演

2月の『イナンナの冥界下り』東京公演は、2月16日に銀座の日本デザインセンター(13階POLYLOGUE)で開催されます。

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ブログやメルマガなどではお知らせしましたが、安田や奈々福のTwitterなどではほとんどお知らせをしませんでした。すみません。

実は会場のセッティングなどを考えてみたところ客席が100席ほどしか取れない ことがわかり、あまりお知らせをしないことになったのです。

おかげさまで現時点で満席になっております。

次の公演は4月と10月を予定しております。詳細が決まりましたら、お知らせをいたします。ぜひ、お出ましください。