yasuda

第一回「『海神別荘』寺子屋」の続き(3回目)をお送りします。以前のものはこちらでどうぞ~。

01   02

▼鏡花の年賦

安田 今日も東さんは年表を作って来て下さいました。

東さん作成「泉鏡花演劇関連年表」

◆明治六年(一八七三)0歳
十一月四日、泉鏡花(本名・泉鏡太郎)、石川県金沢町下新町二十三番地(現・金沢市下新町二番三号=泉鏡花記念館の所在地)に生まれる。彫金師・泉清次とすず夫妻の長男。母の実家は葛野流大鼓師の家で、鏡花の伯父にあたる松本金太郎は、高名な宝生流能楽師であった。

◆明治二十四年(一八九一)18歳
十月十九日、上京後一年を経て尾崎紅葉宅を訪ね、直ちに入門を許される。

◆明治二十六年(一八九三)
五月、処女出版となる『探偵小説 活人形』(春陽堂)を刊行。

◆明治二十七年(一八九四)
十月、初の怪談小説「黒壁」を「詞海」第三輯九巻に発表(十二月発行の同誌十巻に続編掲載)。

◆明治二十八年(一八九五)
三月~六月、「妖怪年代記」を「文藝倶楽部」第三編~第六編に連載。
十二月四日より浅草座にて、川上座で「瀧の白糸」(「義血侠血」と「予備兵」の綯い交ぜ、八幕)が初演される。
十二月六日、紅葉の抗議を受けた川上音二郎は、主要新聞に無断上演を謝罪する謹告を掲載、「義血侠血」と「予備兵」が紅葉・鏡花の合作であることを明言した。その後「瀧の白糸」は、高田実らの成美団により東北各地で巡演された。

◆明治三十三年(一九〇〇)
二月、「怪談女の輪」を「太陽」に、「高野聖」を「新小説」に発表。
三月十一日、川上眉山宅で文学者講談会開催。尾崎紅葉、巌谷小波らが自作を口演。鏡花も「湯女の魂」を口演する。
六月二十二日より、川上座の二番目狂言として「辰巳巷談」初演される。

◆明治三十四年(一九〇一)
十二月十五日、紅葉や硯友社一門と宮戸座で「瀧の白糸」を鑑賞。

◆明治三十五年(一九〇二)
八月三十一日より常盤座一番目狂言として「艶物語」初演される。

◆明治三十六年(一九〇三)
十月十一日頃、当時、大阪の成美団に参加していた新派俳優・喜多村緑郎との交友始まる。
十月三十日、尾崎紅葉逝去。
十一月二十二日より国華座一番目狂言として「黒百合」を脚色した「妖星」初演される。

◆明治三十七年(一九〇四)
九月、本郷座九月興行のために書き下ろし戯曲「深沙大王」を執筆、「文藝倶楽部」十月号に掲載される(しかし長さの関係で「高野聖」と差し替えになる)。
九月二十二日、本郷座二番目狂言として「高野聖」初演される。この舞台は志賀直哉に酷評される。
十月、「時代思潮」に戯曲「隅田の橋姫」の連載を開始。しかし病気を理由に一回のみで中絶。「歌舞伎」に「本郷座の高野聖に就て」を寄稿。

◆明治三十九年(一九〇六)
一月、鏡花、「海異記」を「新小説」に、「月夜遊女」を「太陽」に発表。
八月一日、大阪朝日座の一番目狂言として「通夜物語」上演される。
九月一日から大阪朝日座の一番目狂言として「湯島詣」初演される。
十月、「歌舞伎」に、喜多村緑郎の演技評(本郷座「侠艶録」)を寄稿。
十一月~十二月、鏡花、「春昼」「春昼後刻」を「新小説」に発表。
十二月、春陽堂より初の書き下ろし戯曲『愛火』を刊行。

◆明治四十年(一九〇七)
一月三日より新富座で「つや物語」を上演。伊井蓉峰、福島清ら出演。連日の大入りとなる。
五月、登張竹風と共訳のハウプトマン原作戯曲「沈鐘」を「やまと新聞」に発表。
七月、本郷座の一番目狂言として「風流線」初演される。龍子役に喜多村緑郎。
九月六日より真砂座で「辰巳巷談」上演される。

◆明治四十一年(一九〇八)
四月、鏡花、「ロマンチックと自然主義」を「新潮」に小説。
八月、明治座の「みじか夜」が「湯島詣」の剽窃である旨、文壇と劇壇で物議を醸す。
九月二十九日より新富座一番目狂言として「婦系図」初演される。お蔦役に喜多村緑郎。不入りだったらしい。
七月十一日、泉鏡花ら、向島の有馬温泉で「化物会」開催(参会者は喜多村緑郎、伊井蓉峰、柳川春葉、神林周道、長谷川時雨ほか約五十名)。
七月二十五日、夏目漱石、「夢十夜」を「東京朝日新聞」に連載開始(八月五日完結)。

◆明治四十三年(一九一〇)
四月十日より本郷座一番目狂言として「白鷺」初演される。小篠役に喜多村緑郎。子役の花柳章太郎は、舞台稽古を見た鏡花に台詞を増やしてもらった。当時学生の久保田万太郎は、この上演を見ている。

◆明治四十四年(一九一一)
三月一日より宮戸座夜興行として「三味線堀」初演される。
十月、大阪中座で興行中の「婦系図」に出演している喜多村緑郎に招かれ、大阪に滞在。

◆明治四十五年/大正元年(一九一二)
二月十一日より明治座三番目狂言として「稽古扇」初演される。
五月三日より新富座二番目狂言として「南地心中」初演される。

◆大正二年(一九一三)
三月、「夜叉ケ池」を「演芸倶楽部」に発表。
五月、「狸囃子」(後に「陽炎座」と改題)を「新小説」に発表。
十一月一日、日暮里の旧佐竹邸で井上正夫主宰の野外劇場第一回試演として「紅玉」初演される。
十二月、「海神別荘」を「中央公論」に発表。

大正三年(一九一四)
四月七日、明治座二番目狂言として「深沙大王」初演される。
七月十二日、東京京橋のギャラリー画博堂で怪談会開催(岩村透、黒田清輝、岡田三郎助・八千代夫妻、辻永、長谷川時雨、柳川春葉、泉鏡花、市川左団次、市川猿之助、松本幸四郎、河合武雄、喜多村緑郎、吉井勇、長田秀雄・幹彦兄弟、谷崎潤一郎、岡本綺堂、鈴木鼓村ほか六十余名、会主は画博堂主人)。参会者の一人が田中河内介の話の途中で昏倒したとされる。
九月五日、明治座一番目狂言として「婦系図」上演される。

◆大正四年(一九一五)
三月四日、本郷座の一番目狂言として「日本橋」初演される。お孝役に喜多村緑郎。
十一月二十九日より新富座で、鏡花による新脚色の「錦染瀧白糸」初演される。

◆大正五年(一九一六)
七月、本郷座二番目狂言として「夜叉ケ池」初演される。

◆大正六年(一九一七)
三月、浅草公園の東京オペラ館で映画『新派悲劇 通夜物語』(小口忠監督)上映される。
五月、春陽堂より『戯曲日本橋』を刊行。
九月、「天守物語」を「新小説」に発表。

◆大正八年(一九一九)
七月四日、「都新聞」の掲載記事「怪談の会と人」(無署名だが平山蘆江の可能性高し)で、喜多村緑郎、鹿塩秋菊と共に「怪談三人男」として紹介される。
七月二十日、向島百花園横の料亭で開催された怪談会に、喜多村や花柳章太郎、福島清らと出席。

◆大正九年(一九二〇)
十二月、映画『葛飾砂子』(栗原喜三郎監督)が丸の内有楽座で上映される。

◆大正十年(一九二一)
三月、市村座で「婦系図」(久保田万太郎演出)が上演される。お蔦に喜多村緑郎、早瀬主税に伊井蓉峰。喜多村の依頼による久保田の鏡花劇演出は、これが初出。

◆大正十二年(一九二三)
六月、「山吹」を「女性改造」に発表。

◆大正十三年(一九二四)
十月三日、大阪白木屋の日本文芸講演会で「狂言のこと」と題して講演。他の講演者は、小山内薫、久保田万太郎、水上瀧太郎。

◆大正十五年/昭和元年(一九二六)
一月、「戦国新茶漬」を「女性」に発表。
八月、大阪角座の自由座公演で「唄立山心中一曲」を脚色した「晴衣」(宇田六平作)上演される。
十一月、花柳章太郎が金沢尾山倶楽部に出演するのに同行して帰郷、目細家で妹やゑと二十六年ぶりに再会。

◆昭和三年(一九二八)
一月二十八日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「日本橋」放送される。
三月二十七日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「稽古扇」放送される。
八月二十六日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「夜叉ケ池」放送される。百合に喜多村、萩原に伊井蓉峰、白雪姫に花柳章太郎。

◆昭和四年(一九二九)
二月、映画「日本橋」(溝口健二監督)、みやこ座、富士館で上映される。
三月、市村座三番目狂言として「通夜物語」(舞台監督は久保田万太郎、舞台装置は小村雪岱)上演される。鏡花は自ら脚本に筆を入れる熱意を示したという。
三月二十五日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「婦系図」放送される。
四月、「原作者の見た『日本橋』」を「映画時代」に発表。
五月、市村座二番目狂言として「婦系図」上演される。

◆昭和五年(一九三〇)
四月十三日、柳田國男と共に澁澤敬三邸新築記念祝賀会に出席し、三河の「花祭」の実演を見物する。
十一月二十九日、東京中央放送局で、喜多村らによるラジオ劇「海神別荘」放送される。公子に喜多村緑郎、沖の僧都に伊井蓉峰、女房に村田式部、博士に菊波正之助、美女に東山千栄子ほか。

◆昭和六年(一九三一)
三月、ビクターレコードより「瀧の白糸」の音盤が二種類発売される。歌手は四家文子、葭町勝太郎。

◆昭和八年(一九三三)
六月、浅草公園の電気館で映画「瀧の白糸」(溝口健二監督)上映される。入江たか子、岡田時彦ほか出演。

◆昭和九年(一九三四)
二月、浅草公園の帝国館で映画「婦系図」(野村芳亭監督)上映される。田中絹代ほか出演。
四月二十七日、東京中央放送局で、花柳章太郎一座によるラジオ劇「稽古扇」放送される。
七月、明治座一番目狂言として「稽古扇」上演される。鏡花も稽古に立ち合ったという。

◆昭和十年(一九三五)
一月、浅草公園の帝国館で「売食鴨南蛮」を脚色した映画「折鶴お千」(溝口健二監督)上映される。山田五十鈴ほか出演。
四月二十八日、東京放送局でラジオ劇「瀧の白糸」放送される。白糸に花柳章太郎。
十二月二十六日~二十八日、東京放送局で、連続ラジオ小説「歌行燈」放送される。

◆昭和十一年(一九三六)
一月、「お忍び」を「中央公論」に発表。
五月、明治座四番目狂言として「新版つや物語」(川口松太郎脚色、小村雪岱舞台装置)上演される。時局柄、原作の遊女が芸妓に、陸軍大佐が代議士に改変されたことに、久保田、水上らが強く反発したという。

◆昭和十二年(一九三七)
二月、浅草遊楽館で映画「瀧の白糸」(広瀬五郎監督)上映される。久松三津枝、志村喬ら出演。

◆昭和十三年(一九三八)
三月、明治座三番目狂言として「日本橋」(巌谷三一脚色、久保田万太郎演出)上演される。お孝に喜多村、お千世に花柳章太郎。
三月九日、日本橋西河岸の延命地蔵で、花柳章太郎の依頼による「お千世の額」(小村雪岱画)の献納供養おこなわれる。
七月、歌舞伎座四番目狂言として「湯島詣」(巌谷三一脚色、久保田万太郎演出)上演される。鏡花自ら脚本に加筆を施した。伊井蓉峰七回忌追善興行。

◆昭和十四年(一九三九)
七月、「縷紅新草」を「中央公論」に発表。
九月七日、泉鏡花逝去。

※年表作成にあたり、『新編 泉鏡花集』所載の諸資料、とりわけ吉田昌志氏編纂による「年譜」の多大な恩恵を被ったことを明記し、深謝いたします。
 

安田 これを拝見してたら、「高野聖」とか「婦系図」とか、かなり早い時期の作品なんですね。

 そうですね。文壇での評価を決定した作品はわりと早い時期に書かれていて、その後はまあ、悠然と「おばけずき」の本領を発揮していった感じ(笑)でしょうか。好きなものを好きなように書いて、世を渉り果せたというか。今日お配りした年表は、鏡花と戯曲との関わりを中心にまとめてみました。
 
 いちばん最初が「瀧の白糸」なんですけれど、これにはちょっとした因縁話があるんですよ。

 明治28年(1895)の12月4日から浅草の川上座で「瀧の白糸」が初演されたんですが、なんとこれ、原作者名のクレジットがなかった。つまり勝手に鏡花の「義血侠血」「予備兵」の筋を綯い交ぜて──どちらも鏡花の作品ですが、ただ「義血侠血」は尾崎紅葉が徹底して朱筆を入れた事実上の合作といってもいい作品なんですね。

 川上座は有名な川上音二郎、明治の新演劇の開拓者というべき人物が座長を務めていた劇団ですが、昔は権利関係にアバウトですから、無断で鏡花作品を上演してしまった。

 これに師匠の紅葉が激怒して猛抗議をする。それで当時の新聞各紙に謝罪告知が載ったという事件がありました。そんな曰くつきの芝居でしたが、皮肉なことに当たり狂言となって、その後も高田実という人がやってた成美団が東北各地を巡演したりしている。これが鏡花作品と戯曲との最初の関わりということになりました。

 その後、戯曲との関わりが本格化するのは、明治40年(1907)に新富座で「通夜物語」が上演されて、伊井蓉峰、福島清ら新派の主要な俳優が出演したのですが、これが大変な大入りとなり、劇場に入りきらない観客で長蛇の列ができたといいます。
 
 このあたりから、どうやら鏡花原作の芝居が、新派の当たり演目として注目されていったようです。

 もう一つのきっかけは明治36年、ちょうど尾崎紅葉が亡くなるのと前後する時期に、鏡花は喜多村緑郎という新派の若手俳優と知りあうんです。当時の喜多村は、さっき名前の出た大阪の成美団に参加していました。この人も実は大変なお化け好き(笑)。寄ると触ると怪談話をしたがるような人で、ですから当然、鏡花とは話が合っちゃったんですね。

 喜多村緑郎は後に新派を代表する大女形となって、例えば「婦系図」のお蔦とか「日本橋」のお孝、「白鷺」のお篠の霊とか……鏡花劇のヒロインたちを演じ続けることになります。

 喜多村との交友がひとつの機縁となって、鏡花は戯曲の世界に熱心に関わるようになります。明治の40年代から大正の前半くらいの時期ですね。この時期というのは、鏡花が怪談会──いわゆる百物語ですね、暗夜、一堂に会した人々が、まさにこの寺子屋みたいにね(笑)、オールナイトで順繰りに怪談を披露するという趣向の集まりが、江戸時代から伝統としてあったわけですけど、これが明治後半くらいから文学者の間で大流行するんですよ。それの中心になったのが鏡花と喜多村で、毎年夏になると怪談会を催して、「都新聞」に連載記事が載ったりしています(ちくま文庫『文豪怪談傑作選 鏡花百物語集』参照)。ちょうどその時期と、鏡花が戯曲を集中して書いていた時期は、完全にオーバーラップしてるんですね。

 「海神別荘」は大正2年(1913)に書かれるんですけども、その年にはもうひとつの代表作である「夜叉ケ池」も発表されていますし、「陽炎座」も──これは小説なんですけれども、やはりお芝居の話。鈴木清順監督の映画があったことを、ちょっと年配の皆さんなら記憶されてるかも知れません。

安田 鈴木清順監督の『陽炎座』、ご存知の方どのくらいいらっしゃいます?(数人の手があがる)あんまり年配の方でもないですよ(笑)。

 すみません(笑)。今はビデオやDVDでソフト化されて、観られるようになりましたが、とても妖しい、子供芝居の話で……舞台は墨田区の本所界隈、拙宅のすぐ近所です(笑)。

安田 映画の中では『竹生島』の謡がかすかに聞こえますね。能好きの人は喜ぶ(笑)。

 なるほど! だから本当に、「海神別荘」が書かれた大正2年前後というのは、鏡花が戯曲による幻想表現というか文学表現に傾倒しはじめた時期じゃないかと思うんですね。

▼『海神別荘』の上演は
やはり難しい

安田 ちょっと注釈をお願いしてもいいですか。新派という言葉があるんですけども、新派は「陽炎座」より知らない人がいるかもしれないので……。

 ああ。新派は今でもちゃんとあるのにねえ(苦笑)。とはいえ私も劇場で観ることは、めったにないのですが。これは新派劇、つまり歌舞伎に代表される旧劇や、芸術色・舶来色の濃厚な新劇とは一線を画しながら、もっぱら現代を舞台とする恋愛悲劇などをテーマとして発展した大衆演劇運動です。先に名前を挙げた川上音二郎らの新演劇に発して、明治中期以降は女形芸も取り入れて盛んになりました。花柳章太郎や水谷八重子の名前は御存知の方も多いかと思います。

安田 同時にプロレタリア演劇みたいなものができたり……。

 明治後半から大正の演劇界は、群雄割拠の渾沌とした時期ですよね。そうした渦中にあって、新派は大衆的な人情話や恋愛話に活路を求めた。鏡花の作品には、例えば芸者の心意気とか一途な思慕とか、そういう女性の粋とか意気地、はかなげな美や侠気を強調したようなお話も多いので、新派の題材として非常に相応しかったんですね。

 ですから、「海神別荘」にしても「夜叉ヶ池」や「天守物語」にしても、なかなかリアルタイムで上演の機会に恵まれなかったのは、要はそういうことだと思うんですね。つまり、人間ではなく妖怪変化が舞台の全面に、「海神別荘」に至っては、劇の世界自体が海底の、いわゆる龍宮城的な場所ですから、人間はまったくといっていいほど出てこない。そういう意味でも、新派の感覚では、どうやって演じたらいいの……という話ですよね。

安田 そうですよね。人情物が好きなお客さんの前ではやりづらい。

 やりづらいですね。まあ、妖怪戯曲三部作の中でも「天守物語」は若干ね、お城の天守閣に妖怪を統べる姫君がいて、妖怪たちにかしづかれている。そこに殿様の鷹が天守に迷い込んでしまい、それを追いかけて鷹匠の若侍がやってくるわけですよね。そこで天守夫人と、その若侍・図書之助とのラブ・ストーリーになるという、だからあれはギリギリ、新派的な悲劇のノリでもね、割といけるし(笑)、見どころもありますよね。

安田 動きも作りやすいし。

 そうですね。あと、さっきおっしゃった朱の盤とか舌長姥とかね、妖しい婆さんがべろべろ舌を伸ばして人間の生首をおいしそうに舐めるシーンとか(笑)、そういうお化けがいっぱい出てきて、それぞれに見せ場もある。天守閣の上から、女の童たちが釣糸を垂れて、野原の草花を釣り上げる冒頭の趣向とか……ああいうのは、まさに鏡花幻想の独擅場で。

安田 露で秋草を釣るというね。

 まあ、実際の舞台で観ると案外しょぼいんですけど(笑)。でも、鏡花のト書きで読むと、実に陶然たるシーンが彷彿とする。「天守」にはそういう見せ場があるんですけど、「海神別荘」はね、なかなか……。

▼『海神別荘』を上演するための工夫

安田 結局、鏡花の存命中には一度も上演されなかった。

 そういうことですね。それだけにやりづらい、って話を、この間も稽古の時にしましたけど、でもそれを安田さんがどう料理して、面白く見せようか、という演出の奇計がね、すごいな、さすがだな、と思いました。

安田 僕が関わる作品は毎回そうなのですが、料理というよりも、切り刻むだけ僕がやって、料理はおのおのの人に任せる、奥津さんに任せたりとか、奈々福さんに任せたり、美千香ちゃん(人形師)に任せたり、いろんな人に任せちゃう。

 例えば玉三郎的な正統的なアプローチだと、まあやらないだろうな、という感じの斬新な脚色になっていますね。

安田 この前の打ち合わせで、やっとどんな風になるかが最後まで見えましたね。やっと最後まで見えて、案外面白いと(笑)。

 皆さん御存知のように安田さん、「イナンナ」でも大忙しですし、他にもいろいろな活動で東奔西走されているので、奈々福さんが危機感を深めまして、私の所に「とにかく『海神別荘』に安田先生の注意を向けさせないと、3月の公演やばいですよ……」って真剣に相談されまして。で、二人がかりでいろいろね、どちらも昔取った杵柄で原稿の取り立ては得意技だから(笑)、ダブルで安田さんにせっついてですね、無事に脚本があがって、さらに細部を……。

安田 お二人とも敏腕編集者でしたから(笑)。でも、たとえば岩波版の『鏡花小説・戯曲選』の解説に「自分は鏡花の戯曲を実際に見てみたいと思わない」って、書いてあるんですよね。

 ありましたね、寺田透さんだったかな。

安田 それくらいやりづらい。

 結局、人間臭くなってしまうとまずい部分がありますからね。だから玉三郎による舞台が成功したのは、全盛期の玉三郎自体が、ちょっと人間とは思えないというか、この世のものならぬ美しさを湛えていたからだろうと。そういうモノノケ的に神がかった俳優が柱にいないと、なかなか難しいんだろうなという感じはありますね。

安田 今回こちらでは人形を使っていますね。

 そうなんですよね。百鬼ゆめひなさんの! ヒロインに人形を起用するというのは絶妙なアイデアであり、面白い試みになりますね。実際、鏡花には人形をテーマにした作品がけっこう多くてね、「神鑿」なんていう、女と人形が混淆されてしまう過激な人形幻想譚もありますし。その意味でも、原作の企図に叶ったアプローチになるんじゃないかと思います。

▼鏡花とフランス文学

安田 鏡花の戯曲って、読む分にはすごく面白いですね。「海神別荘」も読む分にはすごく面白いんですが……。

 戦前戦後、それこそ1960年代まで、鏡花といえば古くさい新派劇の原作者という位置づけが長らく続いていました。鏡花といえば「婦系図」や「日本橋」で、古風な人情話を書く人という、今では信じられないような認識だったのを一気に変えたのが、例えば三島由紀夫であり澁澤龍彦でした。
 
 この二人が、中央公論社版『日本の文学』の鏡花集の月報で「鏡花の魅力」と銘打つ対談をされて、三島さんは巻末解説も担当しています。そちらは鏡花再評価の起爆剤になった名解説で、私も『文豪怪談傑作選 三島由紀夫集』に収録していますけど、対談も実に啓発的な内容でした。

 その中で二人が、いちばん熱を入れて語っていたのが、鏡花戯曲の話なんです。こんなやりとりがありますよ。


三島 (略)鏡花は、あの当時の作家全般から比べると絵空事を書いているようでいて、なにか人間の真相を知っていた人だ、という気がしてしようがない。
 
澁澤 芝居の中には、そういうものが非常にナマで出ているんじゃないですか。

三島
 もう露骨に出ています。澁澤さんが「山吹」を褒めてくれたのは嬉しいな。僕は今まで「山吹」を読んでいる人に会ったことがないんだ。

澁澤
 「天守物語」とか、「山吹」とか、「戦国新茶漬」とか、「海神別荘」とか、「紅玉」とかみんなシュールレアリズムですね。結局、鏡花は理想主義者かなあ、天使主義者かなあ……ニヒリストじゃないでしょう。

三島
 ええ。ニヒリストの文学は、地獄へ連れて行くものか、天国へ連れて行くものかわからんが、鏡花はどこかへ連れていきます。日本の近代文学で、われわれを他界へ連れていってくれる文学というのはほかにない。文学ってそれにしか意味はないんじゃないですか。


 このおしまいのほうの三島さんの発言は、「海神別荘」のラストの台詞を意識したものですね、おそらく(笑)。こんなのをですね、生意気盛りの中学生が読んだら(私のことですが)、それはもう幻想文学の方へと一気に持っていかれちゃいますよ(笑)。

安田 澁澤といえばフランス文学ですが、前にツイートしたんですけど、マラルメを読んでいて。

 びっくりしました。いきなり鏡花の話題から飛び抜けて、マラルメのお話を、この間なさったので。

安田 鏡花との関係で、マラルメも「牧神(半獣神)の午後」を上演するつもりで書いて、でも、たぶん難解過ぎて上演されなかった。上演を拒否されましたね。鏡花の文章もすごく美しいんですが、声に出してしまうと、今のお客さんには理解できない言葉がずいぶん多い。

 多いですよね。朗読される方もよくおっしゃるんですけどね、鏡花の小説の朗読が難しいのは、そこなんですよね。耳で聞いただけでは、平成の現代人には厳しい。でも、当時の人もわからなかったんじゃないかっていう気もするんだけど(笑)、今となっては尚更ね、耳で聞いただけではよくわからない。そこの問題がありますよね。

安田 今回、僕達の上演に際しては、いろんな芸を入れていこうと思いまして。そう、大「芸尽くし」の上演にしようと思っています。それはやっぱり鏡花が能楽師の家系に属するということとも関係があるんです。能の中には「芸尽くし」がいっぱいあるんですね。
 
 いま能をみると「芸尽くし」には見えない。これは僕たちが昔のさまざまな芸をよく知らないからなのですが、しかし能の中にはそういう「芸尽くし」がいっぱい入っていて、昔の人は物語として能を楽しむだけでなく、そういう「芸尽くし」も楽しんだんじゃないかと思うのです。で、この「海神別荘」を読みなおしてみると、かなりあるんですよ、「芸尽くし」的な要素が。今回は、その「芸尽くし」の部分をちょっと拡大して上演してみようと思っています。

 今回の上演の特徴としては、まず泉鏡花役として東さんに出ていただいて、ト書きを読んでいただく。文字の映写と共に。文字の美しさ、きらきらした美しさを感じていただく。

 もう一つは「芸尽くし」を楽しんでいただく。その芸尽くしも、例えばリズムなんかは江戸時代のリズムではなく、中世的なリズムに戻しちゃおうと思ってるんです。

僕達が日本的なリズムだと思ってるのは、江戸時代的なリズムですね。

例えば、七五調の言葉がありますよね。七五調の言葉(12音)と8拍(16)の中に収めようとすると、例えば「もしもしかめよ~、かめさんよ~」と句の最後を伸ばして帳尻を合わせます。

ところが能では違うのです。これは流派にもよりますが、たとえばうちの流派の場合は…

「もーしもーしかめーよかめさんよ」となります。ちなみに最初の「もー」は半拍前から入ります。

※文字ですとわかりにくいですね(笑)

シンコペーションなのです。まあ、こんな感じのことも含めていろいろとやってみようと思うんです。

で、それで舞うのは奥津さんです。僕は今回見てるだけです(笑)。

<まだ続きます>

 『海神別荘』への道 010203
語りを考える(玉川奈々福)


▼『海神別荘』公演 ご予約の方法

日時:3月5日(土)14:30開場 15:00開演 
場所:亀戸・カメリアホール
(JR総武線で秋葉原から4駅8分「亀戸」駅下車 北口徒歩2分)

全席指定 予約5000円 当日5500円
※「てんらい会員」の方は1,000円引きになります。
「てんらい」の会については以下をご覧ください。

http://inanna.blog.jp/archives/1033520801.html 

ご予約の方法は3通りございます。

・カメリア・ホールに直接お申し込みいただく(てんらい割引はございませんのでご注意を!)
03-5626-2121 インターネット予約もございます。
http://www.kcf.or.jp/kameido/concert_detail_010500300307.html 

・てんらい事務局にご連絡いただく
てんらい会員の方は割引料金でご予約いただけますので、てんらい事務局、あるいは出演者の方にお申し込みくださいませ。
てんらい会員入場料:全席指定 予約4000円 当日4500円
event@inana.tokyo.jp
080-5520-1133(9時~20時)

・出演者にお申し込みいただく
チケットを扱っている出演者は、 東雅夫奥津健太郎玉川奈々福です。この3人に直接、お申し込みいただくこともできます(他に出演者にもお申し付けいただくことはできます)。

出演:安田登(能楽師ワキ方下掛宝生流)、槻宅聡(能楽師笛方森田流)、奥津健太郎(能楽師狂言方和泉流)、百鬼ゆめひな(人形師)、玉川奈々福(浪曲師)、蜜月稀葵(ダンサー)、新井光子(チェリスト)、東雅夫(作家) ほか

お待ち申し上げております。