『海神別荘』への道、今回も前回に引き続き、先日行われた「海神別荘寺子屋」の様子をお届けします。今回は、鏡花の人生なども東さんがお話くださっています。

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▼舞台にしてみたいという誘惑にかられる鏡花の作品

 ちなみに安田さんは、鏡花はどこから入っていらっしゃるんですか?

安田 実は鏡花そのものではなく、山岸凉子の漫画がきっかけなんです。

 おや、それはちょっと異色な入り方ですね。

安田 はい。あの頃、少女マンガに凝っていて。能を扱った花郁悠紀子さんの作品も好きで…。そうそう、花郁さんといえば『鏡花夢幻』という作品で、鏡花の作品を漫画化されていらっしゃる波津彬子さんは花郁さんの妹さんですよね。東さんともお親しい。

先ほど(前回)にもお話が出ましたが、鏡花の作品って読みにくいので、今回の出演者には、まずこの漫画を読むように勧めています(笑)。

鏡花夢幻

あ、話を戻しますと、最初に読んだ鏡花作品は「高野聖」が最初で、その次が「草迷宮」……。

 おお、いきなり怪奇幻想系の本丸に!

安田 「草迷宮」はちょっとびっくりしましたね。

 「草迷宮」は傑出してますよね。鏡花幻想文学の代表作。

安田 寺山修司が映画を作っていますでしょう。あれも衝撃でした。

 裸の女の子たちが輪になって手鞠をついてたりとかね。寺山世界との混淆が……。

安田 実は若い頃、能を始める前に鏡花の作品を能にしたいなと思って、能にしたことがあったんです。

 なんと! どの作品を?

安田 「龍潭譚」です。

 うわー、それは凄い!

「龍潭譚」は「高野聖」の原型になった初期作品で、神隠しを扱った夢幻的な物語です。

 躑躅が満開の山に遊びに来た男の子が、ハンミョウという美しい毒虫を夢中で追いかけているうちに、山奥へと迷い込んでしまう。そこは「九ツ谺」と呼ばれる魔処、隠れ里なんですが、そこには美しい女性がいて、男の子をひと晩、泊めてくれる……鏡花の小説の幻想世界には、たいてい美しい女性が出て来るのですが(笑)その最初期の好例です。

 実を云うと、私が最初に出逢った鏡花作品も、この「龍潭譚」でして、澁澤龍彦さんの『暗黒のメルヘン』というアンソロジーの巻頭に収められていたのを読んで、そこから怪奇幻想文学にハマったという、非常に想い出深い作品なのです。

 しかし、それを何でまた能にしようと?

安田 ええ、まだ能の実演を観てもいなかった頃なんですが、謡本は岩波の日本古典文学大系の『謡曲集』で読んでいたので……20代の前半の頃ですかね。

 まだ残ってますか、そのときの草稿?

安田 もうないと思います。当時は全部、原稿用紙に書きましたからね。引っ越すたびになくなります(笑)。

 ほんとかなあ。それは興味津々ですね。

安田 「龍潭譚」を読んだときね、すごく芝居にしたいと思ったんです。あの頃って寺山修司もいたし、唐十郎も元気だったし、つかこうへいなんかもいて、芝居がすごく元気だった時代で、僕も戯曲を書いてみたいと思ったんですが、僕には創作の能力はたぶんない。

 そのときに「龍潭譚」に出会って、芝居にしたいと思ったのですが、でも、あれを普通の芝居にしようとしたら、たぶん不可能なんじゃないか、普通の芝居にはたぶんならないと思って、能のような形式だったらなるんじゃないかと思った。40年程前の話ですからね、よく覚えていないのですが。

 まさにそれは、今日のテーマでもありますね。鏡花の作品って、なんだか無性に舞台にしてみたいという誘惑にかられるところがありますから。

▼鏡花について 
能との関連やら何やら

 では、本題に入っていく前に、鏡花がどんな人だったかということを簡単にまとめていきますと、生まれたのが明治6年(1873年)、石川県金沢市の出身です。いま金沢の下新町に泉鏡花記念館というのがありまして、その所在地がもともとの鏡花の生まれた場所です。ただし家は明治の大火事で焼けてしまい、その跡地に建てられた建物が改装されて、鏡花記念館になっています。

 鏡花の父親は彫金細工をやっていた職人さんなんですね。とても腕のいい職人さんだったそうなんですけど、そういう方にありがちな名人肌で、なかなか仕事をしない(笑)。そういう困ったお父さんだから、お家は非常に貧乏だったというね。だから、いわゆる普通にエリートコースで、旧制高校から帝国大学へみたいな進路は、その時点であきらめていたようです。

 一方、母親のすず(鈴)さんは、まさに能と関係が深い、葛野流の鼓の家に生まれた方で、江戸の実家(中田家)から嫁いで来た。叔父さんに、高名な能楽師の松本金太郎がいます。

安田 松本金太郎といったら、名人中の名人ですよね。明治期の大名人のひとりです。

  そういう人を鏡花は叔父さんにもっている。ですから鏡花は、職人気質を父親から受け継ぎ、母親から能や江戸文学の素養を──お母さんはお嫁入りに際して、草双紙や絵双紙の類を持っていらして、幼い鏡花はお母さんの絵双紙を絵本代わりに見ては、どんなことが書いてあるの? と母親に訊いては困らせたという、そういう逸話があります。
 
 ところが、鏡花がまだ10歳くらいの時、お母さんが29歳の若さで早世してしまうんですね。それが鏡花にとって大きなトラウマになり、彼の文学の核心に、常に美しく儚げな女性が登場するきっかけになったと言われております。

 鏡花は地元のミッションスクール英語を学び、『アラビアン・ナイト』やアプレイウスの『黄金のろば』などの海外文学にも親しんでいますが、同じ時期に尾崎紅葉の小説を読んで非常に感銘を受けて、ぜひこの先生に入門して自分も小説家を志したいと思ったんですね。

 それで明治23年に一念発起して上京します。普通は東京へ着くなり、先生の家へ押しかけると思うんですけど、鏡花は神楽坂にある紅葉宅の玄関先まで行ったんですけど、もう足が止まって震えてしまい、とうとう門を叩くことができず、どうしたかというと、同郷の知り合いを頼って居候をして、一年間の東京放浪生活を送ることになります。
 
 当時の書生とか医学生というのは、みんな貧乏暮らしが当たり前ですから、鏡花が転がり込んだ先の友達が家賃を踏み倒して逃げて、鏡花が人質にされて、ずっとそこに留まらせられたりとか、いろんな苦労をしたようです。

 で、ようやく一年後、たまたま紅葉と縁続きの男と知り合って、紹介状を書いてもらい、紅葉と対面して志を述べたところ、即座に入門を許されて、紅葉宅の玄関番をしながら、小説家修行をすることになります。どうやら紅葉は、鏡花がまだ故郷にいた時に送った手紙を記憶していたらしくて、鏡花の文才を見抜いていたフシがありますね。だからすんなり入門を許されたんじゃないかという感じがするんですけど。

 紅葉を中心とする作家たちのグループ硯友社は、当時の文壇の一大勢力でしたから、鏡花も期待の新進として、作品を発表するようになり、特に「夜行巡査」とか「外科室」といった作品で頭角を現していくんですね。
 ところが、尾崎紅葉は明治36年、35歳の若さで急逝してしまいます。紅葉が亡くなると、硯友社は一気に瓦解をしてしまい、同門の徳田秋声のように、新興勢力として台頭してきた自然主義文学に乗り換える人も出てくる。

 ちなみに鏡花と秋声は一時期、犬猿の仲で、秋声が「紅葉先生は甘いものが好きだったから若死にしたんだ」みたいなことをうっかり口を滑らせたら、鏡花が目の前の火鉢を飛び越えて殴りかかったという有名な逸話があるんですね。鏡花って、とても小柄な人なんですよ。体重も45キロくらい。それがぴょーんと火鉢を飛び越えて飛びかかったそうで(笑)。

 そうした中で鏡花は独立独歩といいますか、独自の妖美怪異な文学世界を、一種職人的な勤勉さで極めていきました。その意味では、紅葉は怪奇幻想系にはあまり理解がなかったので、早くに師を亡くしたことで、逆に鏡花独自の文学世界が自在に開花することになったともいえるかも知れませんね。

 本当にいろいろな作品を、なにしろ生まれたのが明治6年で亡くなったのが昭和14年ですから、明治・大正・昭和の三代を通じて、長短篇小説や戯曲、随筆などを書き継いだ。さすがに晩年は数は少なくなりますが、生涯を通じて、小説がおよそ300編小説以外も100編くらいは優にありますから、だいたい400編くらいの作品を遺してます。しかもその大半が、幻想と怪奇、おばけの世界を描いた作品なのですね。いま幻想文学と呼ばれるような分野で、おそらく最もハイレベルな作品を、長期間にわたって手がけた文豪の筆頭に挙げられる作家と言っていいと思います。

 自然主義など舶来の新しい文学を信奉する人たちから見たら、鏡花みたいに江戸時代の文学、草双紙的なものを自分の文学のベースにしていて、しかも書くことは、おばけの話ばかりという、そういう人は時代遅れとか迷信家とか、酷い言われようをされたわけですが、一方では、柳田國男とか夏目漱石とか永井荷風とか芥川龍之介とか、鏡花を敬愛する文豪たちも少なくなかった。そうした人たちの支えもあって、鏡花は頑として自分のポリシーを変えることなく生涯にわたってお化けの、特に美しさ妖しさをひたむきに追求し続けた、そういう作家でありますね。

 で、そのひとつのエッセンスというかね、最も高みに上ってるのが、一連の戯曲作品で、特に『海神別荘』それから皆さまもご存じの方多いと思いますけれど『天守物語』、それからやっぱり玉三郎が映画にしたことがある『夜叉ケ池』──この三大妖怪戯曲が、鏡花的な幻想のひとつの極みに位置づけられるんじゃないかなと思います。

安田 突然雑談なんですけれども。この間ある県に行って「『海神別荘』をやるんですよ」と言ったら、「『天守物語』もやってくれませんか」と言われて、別の依頼としてですね。しかも、お城の天守でやって欲しいということなのです。

『天守物語』は15年くらい前からずっとやりたかったんです。で、そうすると図書之助は誰かなと思ったときにですね、そのときイメージは、こちらの奥津さんだったんです。凛々しい若侍。でも、もう15年も経つし、むろん奥津さんでも全然いいのですが、ひょっとしたら奥津さんのお子さんもいいかなと……。

 もう少しだけ、成長を待って(笑)。

安田 そうそう。そうすると奥津さんは朱の盤坊とかね。すみません、雑談で。先週言われたもので、思い出してしまって……。

 でもいずれは、今回の『海神別荘』をスタートに、『天守物語』そして『夜叉ヶ池』と、安田登版鏡花戯曲が実現できたら、素晴らしいですねえ。

安田 大変なのは奥津さんで。

奥津 はい。いつも勉強してるという感じです。

安田 いま、鏡花戯曲というお話がありましたが、戯曲にはト書きがあって、普通ト書きというのは無視するのですが、鏡花の戯曲はト書きがすごく美しい。だから無視するにはあまりにもったいない。そこで、今回は泉鏡花役として東さんにご出演いただきます。で、東さんにト書きを全部読んでいただき、でも鏡花のト書きってすごく美しいからこそ、難しい。で、文字そのものも美しいので、こりゃあ背景にト書きを出そうと……。

 映写するんですよね。

安田 はい。そんなことを考えながら。

 最初は単に『海神別荘』の解説をしてくれと言われて、気安くお引き受けしたら、いつのまにか……なぜか最初の幕開けのところで小芝居を、玉川奈々福さんとなにやら小芝居をしろという展開に……。

安田 最初は解説していただくはずだったんですけど、解説していくうちになんとなく物語が始まった方が面白いかなと、そこで幕が開く。そうしたらもう芝居をしていただくしかない。で、役としては泉鏡花しかない。そこで芸者の役として登場する奈々福さんと絡むことになったんですね。

 及ばずながら、精一杯がんばりたいと思います。

<続く>
 
 『海神別荘』への道 010203
語りを考える(玉川奈々福)


▼『海神別荘』公演 ご予約の方法

日時:3月5日(土)14:30開場 15:00開演 
場所:亀戸・カメリアホール
(JR総武線で秋葉原から4駅8分「亀戸」駅下車 北口徒歩2分)

全席指定 予約5000円 当日5500円
※「てんらい会員」の方は1,000円引きになります。
「てんらい」の会については以下をご覧ください。

http://inanna.blog.jp/archives/1033520801.html 

ご予約の方法は3通りございます。

・カメリア・ホールに直接お申し込みいただく(てんらい割引はございませんのでご注意を!)
03-5626-2121 インターネット予約もございます。
http://www.kcf.or.jp/kameido/concert_detail_010500300307.html 

・てんらい事務局にご連絡いただく
てんらい会員の方は割引料金でご予約いただけますので、てんらい事務局、あるいは出演者の方にお申し込みくださいませ。
てんらい会員入場料:全席指定 予約4000円 当日4500円
event@inana.tokyo.jp
080-5520-1133(9時~20時)

・出演者にお申し込みいただく
チケットを扱っている出演者は、 東雅夫奥津健太郎玉川奈々福です。この3人に直接、お申し込みいただくこともできます(他に出演者にもお申し付けいただくことはできます)。

出演:安田登(能楽師ワキ方下掛宝生流)、槻宅聡(能楽師笛方森田流)、奥津健太郎(能楽師狂言方和泉流)、百鬼ゆめひな(人形師)、玉川奈々福(浪曲師)、蜜月稀葵(ダンサー)、新井光子(チェリスト)、東雅夫(作家) ほか

お待ち申し上げております。