イナンナの「明解」下り(2) 破の段
『イナンナの冥界下り』を明解に解説する「イナンナの「明解」下り」の2回目。今回は、冥界でイナンナが殺されてしまう「破の段」についてお話をします。
シュメール語の高井啓介先生にチェックをしていただきましたが、文責は安田登です。写真は田島空さんに撮っていただいたものと、ビデオカメラからのキャプチャーを使いました。

●全体の構造
最初に全体の構造を復習しておきましょう。今回は、この中の「破の段」です。イナンナが死んじゃうところですね。
暗闇の中をごにょごにょ動くのはコロスたち。この場面で彼らは冥界の裁判官アヌンナ諸神になっています。

<暗闇の中をごにょごにょ動くコロスたち>
少し明るくなると舞台の真ん中には円筒状のものが出現します。実はこれは巨大な「円筒印章」をイメージしています。

<円筒状のものはイナンナとエレシュキガルを描く円筒印章>
「円筒印章」とは円筒状になった印鑑です。これを粘土板の上にごろごろしてハンコにします。舞台上にある円筒印章は、イナンナとエレシュキガルを描いた円筒印章です。

<女王の竪琴の持ち主と言われるプ・アビ女王の円筒印章:本当は小さいです>
舞台上の円筒印章を広げてみると、お馴染(このページの最初)の中川学さんが描かれた絵になります。お客様にお披露目。

<円筒印章を広げると、この図になる>
「冥界祭」では、相撲をはじめ、さまざまな格闘技が行われています。

<右後ろでは空手で板を割っている。それに驚く冥界の裁判官たち>

<神事で格闘技といえば、やはり相撲>

<「えいっ」と投げられたと思ったら…>

<両手で体を支えて耐える…って手がついたらむろん負けですが(笑)>
相撲をとっているのは冥界の裁判官たち。演ずるのは実験道場のメンバー。我妻良樹、城ノ脇隆太、蛇澤圭佑、(平田雅大:コロスとして参加)。行司は冥界の門番ネティ役をする、やはり実験道場の蛇澤多計彦。
…なんて遊んでいると突然、能管の高裂音(ヒシギ)が響き渡り、冥界の女王エレシュキガルの登場が知らされます。
●エレシュキガルの登場
薄暗がりの中を、冥界の女王エレシュキガルが悠々と登場します。エレシュキガルの役はシテ方観世流の杉澤陽子(はるこ)。声はワキ方の安田登です。

<暗闇の中、冥界の女王エレシュキガルが登場する>

<「エレシュキガル様のおなりでございます」。後方のコロスたちは礼をする>
「帰らざる道」を歩み続けたイナンナは冥界に着き、冥界の門番ネティ(蛇澤多計彦:実験道場)に、「自分が到着したことをエレシュキガルに伝えよ」と命じる。

<イナンナ、ネティに自分の来訪をエレシュキガルに伝えよと命じる>
ネティの声は浪曲師の玉川太福。下・左の写真後方で立っています。でも、これだと誰だか全然わからないので終演後の写真も。

<右の写真、左:玉川太福、右:蛇澤多計彦>
・エレシュキガル怒る
イナンナの来訪を聞いたエレシュキガルは怒りをなし、「冥界の7つの門を閉じ、そのひとつひとつをイナンナに開けさせ、そして門ごとに「メ」を剥ぎ取れ!」 と門番ネティに命じる。

・7つの門で7つの「メ」を剥ぎ取る
門番ネティは、エレシュキガルの命令通りに7つ門を閉じてイナンナの訪れを待つ。

<人間で作られる冥界の門>


<イナンナだって黙ってはいない。ネティを打ち据える女神イナンナ>

<しかしパラの衣を剥ぎ取られると…>

<さすがのイナンナも弱ってしまう。ちなみに裸です>
・死のまなざし
冥界の女王エレシュキガルも玉座を蹴って立ち上がり、冥界の裁判官アヌンナ諸神たちは「死のまなざし」をイナンナに向け、女神イナンナは「弱い肉」にされてしまう。

<玉座を蹴って立ち上がったエレシュキガル>

<アヌンナたちは「死のまざなし」をイナンナに向ける>
・冥界の釘
「弱い肉」となったイナンナは冥界の釘に吊り下げられた。

<冥界の釘に吊り下げられる女神イナンナ。ちなみにイナンナ、裸です> ・エレシュキガルも弱まる
イナンナだけでなく冥界の女王であるエレシュキガルも弱ってしまう(なぜ?)。

<弱って柱にすがりつくエレシュキガル>
『イナンナの冥界下り』を明解に解説する「イナンナの「明解」下り」の2回目。今回は、冥界でイナンナが殺されてしまう「破の段」についてお話をします。
シュメール語の高井啓介先生にチェックをしていただきましたが、文責は安田登です。写真は田島空さんに撮っていただいたものと、ビデオカメラからのキャプチャーを使いました。

●全体の構造
最初に全体の構造を復習しておきましょう。今回は、この中の「破の段」です。イナンナが死んじゃうところですね。
プロローグ イナンナ女神への憑依儀礼(神降ろし) | |
序の段 女神イナンナ 冥界に赴く | |
序の1段 | さまざまなものを捨て、7つの「メ」を身につける |
序の2段 | 大臣ニンシュブルに後事を託す |
序の3段 | 冥界への道行き |
破の段 女神イナンナ、冥界の女王エレシュキガルに死を賜る | |
破の1段 | イナンナ、冥界に到着し、エレシュキガルの怒りを招く |
破の2段 | 7つの「メ」が剥がされる |
破の3段 | 弱い肉となったイナンナは冥界の釘に吊り下げられる |
急の段 イナンナとエレシュキガルの甦り | |
急の1段 | ニンシュブル、神々のところに行く |
急の2段 | クルガラ、ガラトゥル、冥界に行く |
急の3段 | イナンナとエレシュキガルが甦る |
エピローグ 神送り |
▼破の段 女神イナンナ、冥界の女王エレシュキガルに死を賜る
●冥界の祭り
今回の上演では原典にないところを一箇所入れました。「冥界の祭り」です。
イナンナが冥界へ旅立つと、舞台の上は真っ暗になってしまいます。イナンナが冥界に行くと、地上は闇になり、あらゆる生殖活動が止まってしまい、地上が死の世界になってしまうのです(日本の天岩戸神話に似ていますね)。
でも、その代わりに元気になるのが冥界。冥界では「冥界祭(クル・ヌ・ギ祭)」が執り行われています。
●冥界の祭り
今回の上演では原典にないところを一箇所入れました。「冥界の祭り」です。
イナンナが冥界へ旅立つと、舞台の上は真っ暗になってしまいます。イナンナが冥界に行くと、地上は闇になり、あらゆる生殖活動が止まってしまい、地上が死の世界になってしまうのです(日本の天岩戸神話に似ていますね)。
でも、その代わりに元気になるのが冥界。冥界では「冥界祭(クル・ヌ・ギ祭)」が執り行われています。
ワンポイントシュメール語講座! by 高井啓介先生
シュメール語で「冥界」を意味する表現の一つにクルヌギというものがあります。「kur(地)nu(
ない)+ gi4(
帰)」で、「帰らざる土地」(land of no return)。基本的に冥界に入ったら帰ることはできません。当たり前ですが。
クルヌギはただ単にクルと呼ばれることもあります。『冥界下り』の物語のなかでは、破の1段(83行目)で、冥界の門番ネティが…
「a-na-am3 ba-du-un kur nu-gi4-še3(なぜあなたはクルヌギなんかにまで旅をしてきたの?)」
…とイナンナに問いただす場面があります。序の1段では、冥界は「ki-gal(キガル(大いなる地))」とも呼ばれていましたね。いろいろな呼び方があったようです。
冥界は人間が死んだら誰でも行かなければいけない場所。それはしょうがないとあきらめていました。でも、あまりそのなかでの出来事についてつきつめて考えようとはしなかったようで、「クル・ヌ・ギ祭」はあったかもしれませんが、残念ながらシュメール語のテキストにその様子は書かれていません。
暗闇の中をごにょごにょ動くのはコロスたち。この場面で彼らは冥界の裁判官アヌンナ諸神になっています。

<暗闇の中をごにょごにょ動くコロスたち>
少し明るくなると舞台の真ん中には円筒状のものが出現します。実はこれは巨大な「円筒印章」をイメージしています。

<円筒状のものはイナンナとエレシュキガルを描く円筒印章>
「円筒印章」とは円筒状になった印鑑です。これを粘土板の上にごろごろしてハンコにします。舞台上にある円筒印章は、イナンナとエレシュキガルを描いた円筒印章です。

<女王の竪琴の持ち主と言われるプ・アビ女王の円筒印章:本当は小さいです>
舞台上の円筒印章を広げてみると、お馴染(このページの最初)の中川学さんが描かれた絵になります。お客様にお披露目。

<円筒印章を広げると、この図になる>
「冥界祭」では、相撲をはじめ、さまざまな格闘技が行われています。

<右後ろでは空手で板を割っている。それに驚く冥界の裁判官たち>

<神事で格闘技といえば、やはり相撲>

<「えいっ」と投げられたと思ったら…>

<両手で体を支えて耐える…って手がついたらむろん負けですが(笑)>
相撲をとっているのは冥界の裁判官たち。演ずるのは実験道場のメンバー。我妻良樹、城ノ脇隆太、蛇澤圭佑、(平田雅大:コロスとして参加)。行司は冥界の門番ネティ役をする、やはり実験道場の蛇澤多計彦。
※シュメールの祭礼に相撲などが行われていたという記述はありません。相撲は日本の国技と思われていますが、中国や韓国でも行われていました。今回は犬吠えもしました。典拠は『日本書紀』)です。冥界の人たちは隼人の役です。
秋七月壬辰朔甲午、隼人、多來貢方物。是日、大隅隼人與阿多隼人相撲於朝庭、大隅隼人勝之(天武天皇11年)。是以、火酢芹命苗裔、諸隼人等、至今不離天皇宮墻之傍、代吠狗而奉事者矣。(神代下段第10段一書)。
…なんて遊んでいると突然、能管の高裂音(ヒシギ)が響き渡り、冥界の女王エレシュキガルの登場が知らされます。
●エレシュキガルの登場
薄暗がりの中を、冥界の女王エレシュキガルが悠々と登場します。エレシュキガルの役はシテ方観世流の杉澤陽子(はるこ)。声はワキ方の安田登です。

<暗闇の中、冥界の女王エレシュキガルが登場する>

<「エレシュキガル様のおなりでございます」。後方のコロスたちは礼をする>
・イナンナの到着
「帰らざる道」を歩み続けたイナンナは冥界に着き、冥界の門番ネティ(蛇澤多計彦:実験道場)に、「自分が到着したことをエレシュキガルに伝えよ」と命じる。

<イナンナ、ネティに自分の来訪をエレシュキガルに伝えよと命じる>
ネティの声は浪曲師の玉川太福。下・左の写真後方で立っています。でも、これだと誰だか全然わからないので終演後の写真も。


<右の写真、左:玉川太福、右:蛇澤多計彦>
・エレシュキガル怒る
イナンナの来訪を聞いたエレシュキガルは怒りをなし、「冥界の7つの門を閉じ、そのひとつひとつをイナンナに開けさせ、そして門ごとに「メ」を剥ぎ取れ!」 と門番ネティに命じる。

ĝa2-nu dne-ti i3-du8 gal kur-ra-ĝu10(来なさい、ネティ。我が冥界の門を守る者よ) ネティ:御前にござりまする。 abula kur-ra 7(imin)-bi ĝišsi-ĝar-bi ḫe2-eb-us2(冥界の7つの門をかんぬきで閉じよ) ネティ:は。冥界の七つの門を閉じ。 e2-gal ganzer dili-bi ĝišig-bi šu ḫa-ba-an-us2(大いなるガンゼルひとつひとつ門を手で押させよ) ネティ:ひとつひとつをイナンナ様に空けさせましょう。 e-ne ku4-ku4-da-ni-ta gam-gam-ma-ni (彼女が入ったあとでひざまずき) tug2 zil-zil-la-ni-ta lu2 ba-an-de6(服をはがされたあとで人に持っていかせよ) ネティ:門のひとつひとつで「メ」を剥ぎ取ること。確かに承りました。 |
・7つの門で7つの「メ」を剥ぎ取る
門番ネティは、エレシュキガルの命令通りに7つ門を閉じてイナンナの訪れを待つ。

<人間で作られる冥界の門>

<門を通ると「メ」が剥がされる:これは烏帽子:šu-gur-ra
men edin-na(野で頭を守る被り物)>

<イナンナだって黙ってはいない。ネティを打ち据える女神イナンナ>

<しかしパラの衣を剥ぎ取られると…>

<さすがのイナンナも弱ってしまう。ちなみに裸です>
・死のまなざし
冥界の女王エレシュキガルも玉座を蹴って立ち上がり、冥界の裁判官アヌンナ諸神たちは「死のまなざし」をイナンナに向け、女神イナンナは「弱い肉」にされてしまう。

<玉座を蹴って立ち上がったエレシュキガル>

<アヌンナたちは「死のまざなし」をイナンナに向ける>
・冥界の釘
「弱い肉」となったイナンナは冥界の釘に吊り下げられた。

<冥界の釘に吊り下げられる女神イナンナ。ちなみにイナンナ、裸です>
イナンナだけでなく冥界の女王であるエレシュキガルも弱ってしまう(なぜ?)。

<弱って柱にすがりつくエレシュキガル>