イナンナの冥界下り

シュメール神話『イナンナの冥界下り』や天籟能の会のためのブログです。

リハーサル終了!

山のシューレでの『イナンナの冥界下り』のリハーサルと、その後のお食事会が終了!部屋に戻って来ました。

一度通しただけだから、リハというよりは能の申し合わせに近いですね。

さらには昨夜、突然思いついたことを玉川奈々福さんに「ねえ、ねえ。こんなのやって」とメールでお願いしたり(これがひとつやふたつではないのです)、また今日もやりながら「やっぱこうした方がいいな」と突然変えたりと、明日もどうなるかわからない『イナンナ』なのです。

先日のプレ勉強会で、精神科医の大島さんが「イナンナと、冥界の女王エレシュキガルは表裏一体(双方が双方のシャドウ)ではないか」ということを話されました。シャドウなんていうとユング心理学?とお思いの方も多いと推察仕りますが、さにあらず。

「ユングはあまりにも無意識の世界にリアリティを感じ過ぎていた」という大島さん。元型のそれと同じ「シャドウ」という語を使ってはいますがちょっと違うのです。

この話は、近いうちにテープ起こしをしてまとめる予定で~す。

で、そのときの話がすごく面白かったので、そんなことも演出には入れました。

双方が双方のシャドウといっても、どちらかが本当の姿で、どちかが無意識界の表象、というわけではありません。「心」を持つ以前のイナンナと、「心」を持ってしまったエレシュキガル(姉)。

これは「心」を持つ前の自由に飛び跳ねていた自分と、「心」を持ってしまったがためにあれこれ考えて自由に飛ぶことができなくなった自分でもあるのです。

で、これって『古事記』のスサノオとアマテラスに似ているでしょ。スサノオはただ挨拶に行っただけなのに、アマテラスは我が国を奪おうとしての行為だと思って軍装して待つ。

「え~、そんなつもり全然なかったのに~」というスサノオに「うそこけ!」と疑うアマテラス。この両者の関係に、イナンナとエレシュキガルはなんか似ているのです。

別々の時間に存在する「自己」が、いまここで時空を超えて同時に存在しちゃった…っていうドッペルゲンゲルみたいなふたりなのです。

…てなわけで、今回の上演の最後の舞(踊り)では…

・エレシュキガル(姉):近代的な理知を持つ:三味線で表現

・イナンナ(妹):古代的なパッパラパー:能で表現

…という感じで作っています(って、これ突然、2日ほど前に「そうしますね、よろしく~!」ってLINEしたのですが)。 

山のシューレにいらっしゃる皆様へ:桟敷席のお知らせ

いよいよ明日(6月6日2015)、『イナンナの冥界下り』の初演が那須の二期倶楽部で開かれる「山のシューレ」の開き舞台で行われます。

今回、前の方のお席は「桟敷(さじき)」になります。毛氈の上に座布団を置く予定(だそう)です。 

で、演者はその桟敷ぎりぎりまで迫りますので、迫力を味わいたい方はどうぞ桟敷にお座りください。

そして、その方はどうぞジーンズなどの「楽な格好」でお出ましください。 

では、お待ちしております。 

あらすじ(3)イナンナよみがえる

『イナンナの冥界下り』のあらすじを紹介します。このカテゴリーだけは古いものが上に来ています。
 
(11)ニンシュブル、エンリルのもとに行く
 冥界に行ったイナンナが三日三晩戻らなかったので、大臣ニンシュブルは、破れた衣に身を包み、哀歌を歌いつつ、まずイナンナのおじいちゃんで、神々の王であるエンリルのところを尋ね、助けを求めた。しかしエンリルは「イナンナは天や地を欲しがったのみならず、欲しがってはならず冥界の【メ】も欲しがった。冥界に行った者は戻って来てはならぬ」と言った。
 ※イナンナに天と地をあげたのは、実はこのエンリルなんです。 
011_b
(12)ニンシュブル、ナンナのもとに行く
 エンキに拒まれたニンシュブルが次に尋ねたのは、イナンナのお父さんである月の神ナンナのところ。
 しかし、ナンナにも同じ言葉で拒まれてしまう。 
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(13)ニンシュブル、エンキのもとに行く
 次に尋ねたのはイナンナの義理の父であり、水や深淵、そして知恵の神であるエンキのところ。エンキは「もう!神殿娼婦のイナンナは面倒ばかり起こして、いつも困らせるんだから~」と言いつつも、「でも、かわいそうだね」と同情してくれる。
013_b
(14)クルガラ、ガラトゥルを作る
 大神エンキは、自分の自分の爪から泥を持ってきてクルガラという生命体を作り、自分の二の爪からガラトゥルという生命体を作り、命の草命を水を与えた。
 そして「冥界の扉をハエのように飛び越え、冥界の柱を霊(風)のように飛び回り、冥界に赴き、女王エレシュキガルの言うことを繰り返せ」と命じる。 
014_b
(15)クルガラ、ガラトゥル、エレシュキガルに会う
 クルガラ、ガラトゥルが冥界に到着すると裸にされたイナンナは冥界の釘からぶら下げられ、冥界の女王エレシュキガルは病に横たわっていた。 
 エレシュキガルが「ああ、私の内側が」と呻くと、ふたりはエンキの命じた通り「おお、御身の内側が」と答え、「ああ、我が外側が」というと「おお、御身の外側が」と答えた。
 「お前たちは何者だ」と問う冥界の女王エレシュキガルに「我が内側より御身の内側へ。我が外側より御身の外側へ」と答えるふたり。エレシュキガルは「川いっぱいの水を、また畑いっぱいの大麦を与えよう」というが、ふたりは「いや。ただあの釘に吊るされた死体を…」という。 
 エレシュキガルから渡された死体に「命の草」「命の水」を死体にふりかけるとイナンナは生き返った。
 「内側」「外側」は「心」「体」と訳してもいいかも。でもダメかも。
015_b
(16)イナンナ、エレシュキガル、喜びの舞を舞う
 クルガラ、ガラトゥルの力で、ふたたび命を得たイナンナは、冥界の女神エレシュキガルとともに喜びの舞を舞う(って、原作にはないのですが…)。
016b
(17)イナンナ、冥界より帰還する
 エレシュキガルは、クルガラ、ガラトゥルに「さあ、お前らの女王を連れてお行き」といい、イナンナは冥界から天の世界、地の世界へと帰還するのでした。
 めでたし、めでたし(って、本当は続きがあるのですが、今回の上演はここまで) 
017

いよいよ『イナンナの冥界下り』初演です

さて、いよいよ『イナンナの冥界下り』の初演が、明後日…

2015年6月6日(土)に山のシューレ@二期倶楽部(那須)

http://www.schuleimberg.com/

…に迫りました。

おかげさまで、こんなに遠いところでの初演なのに、お席はかなり早くに満席!

今週の日曜日に最終の全体稽古も終わり、あとは各自が自主稽古をしています。

準備は万全!

…と言いたいところですが、やはり細かな手直しがたくさんあり、特に奥津健太郎さん(狂言)は大忙し。すみませ~ん。

そして、かく言う私(安田)も、この数日間の歯痛で、もう5日も固形物を食べておりません。歯科医の先生のお話では「過労」とのこと。ま、それはね。

が、お腹がすいているだけで気力は万全。明日、二期倶楽部入りをして、夕方から通し稽古をします。

いらっしゃる皆様、どうぞお楽しみに~。 

あらすじ(2)イナンナ冥界で死す

『イナンナの冥界下り』のあらすじ紹介の(2)です(吹き出しの中の言葉は、そこに書かれる楔形文字の現代語訳です)
 
(5)イナンナ冥界に到着!
イナンナは「行きて帰らぬ国」、冥界に到着した。
冥界の門、ガンゼル門の前で

「門を開けよ」

と大声で叫んだ
005
(6)冥界の門番ネティ
冥界の門を守るのはネティ。
時ならぬ大声に「何事やらん」と出てみると… 
006
(7)門番ネティ、不審者を尋問する
そこには若い女神がいた。

「お前は誰だ」と尋ねると、
「私は女神、イナンナ。東へ向かう者」と答える。

「冥界の女王エレシュキガルに来訪のむねを伝えん。
 しばらく待て」と告げる 
007
(8)冥界の女王エレシュキガル、ネティに命じる
冥界の女王エレシュキガル(イナンナの姉)は、
イナンナの来訪を聞くと腿を叩き、唇に歯を立て、
ネティに命じる
「冥界の7つの門を閉じ、イナンナ自身に開けさせよ。
 門のひとつひとつで【メ】を剥ぎ取り、
 そして、裸となったイナンナをひざまずかせ、
 その衣を持ち去れ」 
008
(9)つの「メ」が剥がされる
冥界の7つの門、ひとつひとつで【メ】が剥ぎ取られる。

「何をする」
というイナンナに…

「冥界の【メ】は満たされている。これが冥界の掟」

とネティは答える。

すべての【メ】を剥がれたイナンナは
裸にされ、ひざまずかされる。 
009b
(10)イナンナ、「死の眼」で弱き肉にされてしまう
冥界の裁判官(本当は猫じゃないよ)の
「死の眼」
イナンナは弱き肉(死体)にされ、
冥界の釘に吊るされてしまう。

冥界の女王エレシュキガルもなぜか
死の病に倒れてしまうのであった。

<続く> 
010

あらすじ(1)イナンナ冥界に向かう

『イナンナの冥界下り』のあらすじを紹介します(吹き出しの中の言葉は、そこに書かれる楔形文字の現代語訳です)
 
(1)冥界に心を向ける
天と地を統べる女神イナンナは、天から地へと
「その耳(心)」を向け、そして冥界へと向かう。
※「心」を向けるというのをシュメール語では
 「耳」を立てる、という表現を使います。
 シュメールの神様は動物の上に乗っています。
 そういえば仏様もそうですね。普賢菩薩の象とか…。
 「耳」を向けるって、自分の乗る動物の耳を向けるのかも。 
001
(2)いろいろなものを捨てる
女神イナンナは、冥界に向かう時にいろいろ捨てる。
※以下、捨てたものの一覧。
 天と地、エンやラガル(ともに祭祀)の地位
 エ・アンナ神殿(ウルク)、エ・ムシュ・カラマ神殿(バド・ティビラ)
 ギグナ神殿(ザバラム)、エ・シャラ神殿(アダブ) 
 バラグ・ドゥル・ガラ神殿(ニップル)、フルサグ・カラマ神殿(キシュ) 
 エ・ウルマシュ神殿(アッカド) 
002
(3)7つの「メ(神力)」を身につける
代わりに7つの「メ(神力)」を身につけた(以下)。
 (1)野で頭を守るかぶりもの、
 (2)ラピスラズリのビーズ、
 (3)2つの卵型のビーズ、
 (4)女主人の衣装であるバラ、
 (5)「男よ寄って来い、寄って来い」という名のコールと胸飾り、
 (6)金の輪、
 (7)測り棒と測り縄

003
(4)大臣ニンシュブルに後を託す
イナンナは従者である大臣ニンシュブルに

「三日三晩、冥界より戻らなければ
神々のとろこに行くように」

と申し渡した。
004

これだけは覚えておきたいシュメール語(3)

「天(アン:an)」「地(キ:ki)」「冥界(クル:kur)」と名詞を3つ紹介したので、今回は動詞を紹介しましょう。

▼名詞グループと動詞グループ

『イナンナの冥界下り』の冒頭は次のように始まります。

アン・ガル・タ・キ・ガル・シェ・ゲシュトグ・ガニ・ナ・アン・グブ」
an   gal-ta     ki gal-še3      ĝeštug2-ga-ni     na-an-gub

シュメール語の文は「名詞」のグループと「動詞」のグループに分けることができます。

この文でいうと「
アン・ガル・タ・キ・ガル・シェ・ゲシュトグ・ガニ(an gal-ta ki gal-še3 ĝeštug2-ga-ni)」までが「名詞」のグループ

で、残りの「
ナ・アン・グブ(na-an-gub)」が「動詞」のグループです。

この中で
グブ(gub)」が動詞です。

その前の「
ナ・アン(na-an)」に関しては、いまは無視しておきましょう(意味だけを把握するには、無視しても何とかなります)。

▼アンガルタとキガルシェ

動詞の話をする前に「名詞」グループの中を簡単に見てしまいますね。おのおのの詳細はまたいつか。

アン・ガル・タ・・ガル・シェ・ゲシュトグ・ガニ(an gal-ta ki gal-še3 ĝeštug2-ga-ni)」

この中の「アン(an)」と「キ(ki)」は、もうすでにやりました。「天(アン)」と「地(キ)」です。

これがわかると、この名詞グループも3つに分けられることに何となく気づきます。 

アン・ガル・タ(an gal-ta)」

「キ・ガル・シェ(
ki gal-še3)」

「ゲシュトグ・ガニ(
ĝeštug2-ga-ni)」

最後の
「ゲシュトグ・ガニ(ĝeštug2-ga-ni)」は、ちょっと措いておき、最初の2つを見てみると、「アン」と「キ」のあとに「ガル」がありますね。

これは形容詞で「大いなる」という意味です。

・ガル=大いなる

で、あとは「タ(
ta)」と「シェ(še3)」。これは日本語の助詞と同じ。

・タ(ta)=~から、~より
・シェ(
še3
)=~へ

…と、ここまでくると

アン・ガル・タ(an gal-ta)」=大いなる天より

「キ・ガル・シェ(
ki gal-še3
)」=大いなる地へ

…となることがわかるでしょう。
 
ゲシュトグ・ガニ

さて、もうひとつの
「ゲシュトグ・ガニ(ĝeštug2-ga-ni)」ですが、これは実は…

「ゲシュトグĝeštug2)」と「アニ(a-ni)」なんです。

「なんで「ガニ」が「アニ」になるんだよ!」と叫びたい方、ここでその話をすると長くなるので、少し黙っていなさい。 

で、 
「ゲシュトグĝeštug2)」は「耳」、「アニ(a-ni)」は「彼の、彼女の」です。ここではイナンナの話なので「彼女の」ですね。

というわけで 
「ゲシュトグ・ガニ(ĝeštug2-ga-ni)」で彼女の耳。

あ、やっぱり動詞の話をするには、この
「ゲシュトグĝeštug2)は説明しとかなきゃダメだ。

…わけで急遽、予定を変更して、今回は
「ゲシュトグĝeštug2)」の話までにしますね。

▼耳は猫耳

この
「ゲシュトグĝeštug2)ですが、意味は「耳」なんですが、ちょっと楔形文字を見てみましょう。

まずは新アッシリア時代のもの。

mimi04

これだと何だかわかりませんね。では、もっとも古いウルク古拙文字を。

mimi02   mimi03

あれ~。「耳:
ゲシュトグĝeštug2)って人間の耳だと思っていたら、実は猫耳だったのです!

これよりちょっと新しいウル第三王朝の時代の「耳」も。

mimi01

これはちょっと横に倒しただけですね。

そう。「彼女の耳(
ゲシュトグ・ガニ:ĝeštug2-ga-ni)」というときの「耳」は「猫耳」だったのです。

てなわけで、動詞は次回に~。

これだけは覚えておきたいシュメール語(2)

さて、前回は「天(アン=an)」と「地(キ=ki)」を紹介しました。今回は「冥界」です。

▼冥界は山

「大いなる天より、大いなる地へ、その耳を立てた(心を向けた)」イナンナは、次に「天を捨て、地を捨て、冥界に下り」ます。

「冥界」のシュメール語は「クル」です。ローマ字で書くと「kur」。

楔形文字では、こうなります。

kur01

おお、なんかかっこいいですね!

では、古い字体を紹介しましょう。ウルク古拙文字から。

kur03 これとか…  kur02 これとか。

これはかっこいいというよりかわいい。では、これよりはちょっと新しいウル第三王朝の文字を。

kur04 これとか… kur05 これとか…

最初のはウルク古拙文字の右側のものをラインだけにして、時計回りに90度回転させたものですね。あとのは、もうお団子になっちゃってます。

冥界にお団子というのは、どうも似つかわしくない…と思っていると、もうひとつ。

kur06

丸いのが尖がりました。あれ?これってひょっとしたら…。

そうです。この回転を元に戻してみますね。

kur06b

そうそう。三角が3つといえば、漢字の「山」です。ちなみに甲骨文字ではこうなります。

yama02

そうなのです。

実は「冥界」と訳される「クル(kur)」は、もとの意味は「山」なのです。

▼『古事記』でも冥界は山だった



ちなみに「クル(kur)」には、「山」だけでなく「異国」という意味もありますし、あるいはただ単に「土地」という意味でも使われています。

でも、どちらにしろ「山」が原意です。

いまの人に「冥界」ってどこにあると思う?と尋ねると、多くの人は「地下」と答えますが、メソポタミアでは冥界はどうも山にあったようなのです。

で、実はこれは古代日本人の冥界観にも通じるところがあります。

日本の神話で最初に亡くなるのは「イザナミの命(みこと)」です。火の神を産んだときに、その火で「ほと(性器)」を焼かれて死んでしまうのです。そこで葬られたところが「山」なのです。

「其の神避りましし伊邪那美の神を葬りしは、出雲の国と伯伎の国の堺、比婆の山なり」と『古事記』にあります(ここで「堺」ということも重要ですが、それはまた)。

冥界に行ってしまった妻イザナミを追って、夫イザナギは黄泉の国に行くのですが、そこで変わり果てた妻の姿を見て逃げます。それに怒った妻がさまざまな追手を派遣して追わせるのですが、そこでもやはり…

「黄泉比良坂の坂本に到りし時、其の坂本にある桃の子(み)三箇(みつ)を取りて待ち撃てば」とあります。

まず、黄泉の国と生者との境にあるのは「黄泉比良坂(よもつひらさか)」という坂(坂という語は堺という語と同根)。

そして、そのあとにイザナギが「坂本に到りし時」とあるでしょ。「坂本」というのは、坂(山)の下、すなわち山への上り口をいいます。

となると『古事記』の時代には、死者が住むのは山の上で、生きる者は山の下に住んでいる、そういう考えがあったのでしょう。

で、シュメールもそうなのかも知れません。

▼下るは上る

ということをいうと、勘のいい方は「だって『冥界に下る』って書いてあるじゃないか」と思われるでしょう。

確かに!

でも、実は「下る」に当たるシュメール語は「エド(ed3)」

これには「下る」という意味と「上る」という意味の両方あるんです(この語に関してもいつか詳しくお話します)。

だから本当は「冥界上り」って訳した方がいいのかな、などとも思ったりします。 でも、現代人の感覚からすると「冥界上り」って変ですね。

▼チベットの姨捨

さて、死者の国が山の上にあるということで思い出すのは、1987年にチベットで偶然出会った「おば捨て」の一行。

鳥葬の山を探して自転車でラサを走っていたときのことです(あの頃はほんと、元気だった。3,650mの高地を自転車で闊歩して平気だった)。

向こうから輿の上にお婆ちゃんを乗せた一行が派手な音楽を奏しながらやってきました。最初は「おばあちゃんのお誕生日かな」とも思ったのですが、みんな泣いています。ただ、輿の上のおばあちゃんだけがニコニコしている。

近くにいた中国語がわかる若い女の子に尋ねると、「あれは姨捨だ」と教えてくれたのです。

「なぜ、おばあちゃんはニコニコしているの?」と尋ねると、次のように教えてくれました。

これからお婆ちゃんが行くところは、あの(と、指し示してくれた)山の中腹の小屋。あそこに入ったお婆ちゃんには、毎日、ちゃんと食事が届けられる。でも、お婆ちゃんが自分のペースで、その食事を減らしていく。そうすると徐々に食欲もなくなり、「生きたい」という気持ちもなくなって眠るように亡くなる

で、この山の反対側が鳥葬の山で、亡くなったあとの体はあそこから観音様のもとに届けられる。

観音様のもとに行けるんだからニコニコしているんだと。

▼日本でも山の死者の魂の行くところ

そういえば、日本でも『古事記』だけではない。亡くなった方の魂は山に行くという考え方を残している地方はいまでもあります。また、神様はだいたい山の上にいます。

「黄泉」は日本では「よみ」と読みますが、音は「こうせん」。

「黄泉(こうせん)」 が最初に出てくるのは、たぶん『春秋左氏伝』かなぁ。そこでは地下の隧道にあることになっています。

『古事記』で「よみ」に「黄泉」という漢字を充てたのは、おそらく太安万侶ですね。

「よみ」という言葉を発したとき、ヒエダノアレイが頭の中でイメージしたのは山の上で、それを筆録した太安万侶がイメージしたのは地下隧道だったのかも。…などと考えると、ちぐはぐなふたりが四苦八苦しながら『古事記』をまとめているさまが想像できて楽しいですね。

あ、そうそう。

シュメールと古代日本が似ているからといって、安易に両者を結びつけるのはやめてくださいね。もし、したいならばちゃんとシュメール語を何年も勉強して、それでも結びつくと思ったらどうぞ~。 

これだけは覚えておきたいシュメール語(1)

『イナンナの冥界下り』を読むのに、覚えておきたいシュメール語を紹介します…って、覚えても何の役にも立ちませんけど~。

今回は「アン」と「キ」

▼アンとキ

『イナンナの冥界下り』というタイトルは『Inana's descent to the nether world』の訳ですが、本当は『アン・ガル・タ、キ・ガル・シェ(大いなる天より大いなる地へ)』と呼ぶのがいいようです。

これは『イナンナの冥界下り』の書き出しの文です。

アン・ガル・ 、 キ・ガル・  シェ
大いなる天 から 大いなる地  へ

『聖書(旧約聖書)』の最初の篇も「創世記」と呼ばれていますが、ヘブライ語では「ベレシート(最初に」)」といいます。これもその書き出しです(ベレシート・バーラー・エロヒィム:最初に神は創造した)。

女神イナンナは「大いなる天から大いなる地へとその耳を立てた」のです。

…というわけで、今回は書き出しの文から「天」と「地」のシュメール語を紹介しましょう。

まずはカタカナで。

天  :アン

地  :キ

▼天(アン)は星

「天(アン=an)」の楔形文字はこれです。

an01

これは新アッシリア時代の新しい形なので、古い字体もいくつか紹介しましょう。

an04   an03  an02

いかがですか。真ん中のなんかウニみたいですし、右のはお花のようですね。

この「天(アン)」の文字は「星」の象形だといわれています。

「なるほど!」

そう言われてみれば…でしょ。

天は神様でもある

ちなみに「アン」は天だけでなく「神様」という意味でも使われていますし、「アン(an)」という名前の神様もいます。

また、シュメール語やアッカド語では、文字の前や後ろに「これは何に属しますよ~」ということを教えてくれる「限定詞」というのをつけることがあります。

これ、大事な用語なので二度いいます。

限定詞

神様だったら「神様マーク」の限定詞がつき、人だったら「人間マーク」の限定詞が付き、土地だったら「土地マーク」の限定詞が付きます。

で、限定詞としての「神様」マークには、この「アン」が使われます。

ですからイナンナをあらわすには…

「神様マーク(限定詞)」+「イナンナの楔形文字」になるのです。

       an01    イナンナ03

こうとか…

       an04    イナンナ02

こうとか…

        an03   イナンナ01b 
   (この組み合わせの場合は本当は縦書き)

こうとかです。


▼地(キ)はよくわからない

「地(キ=ki)」の楔形文字はこれです。

ki01

これも新しい字形なので、古い字形を紹介しますね。もっとも古いウルク古拙文字ではこうなります。

ki02

う~ん、これが「地」か。よくわかりませんね。

で、この「地」は甲骨文字では何に当たるだろうと考えると「田」が一番近いかも、と思うのです。実はいま旅先で手元に甲骨文字の本がないので、数日して帰宅したら(で、忘れていなかったら)紹介します。

※ちなみに甲骨文字では「田」は動詞として使われることが多いのです。

▼楔形文字には異体字が多い

さて、楔形文字は時代が下ると、90度反時計回りに回転します。「キ(ki)」はウル第三王朝の時代になると、次のようになります。

ki03

ひし形になって、より「田」に近くなりました。

ところで楔形文字は異体字がすごく多いんです。これは甲骨文字や金文も同じですが…。

慣れないうちは、とても同じ文字には見えません。では「キ(ki)」の異体字を、ウル第三王朝のものだけに限って、いくつか(!)紹介します。

まずは…

ki04

ひし形が三角になっちゃいましたね。で、次は…

ki05

三角の頂点が違う。さらには…

ki06

今度は長方形です。

漢字の書き取りでハネとかトメとか書き順とかチマチマやっているのがアホらしくなります(これも甲骨文字や金文でも同じ)。

▼地は土地を示す限定詞

ちなみに「地:キ(ki)」という名前の神様もいます。「天:アン(an)」 のお后です。

また、「キ(ki)」は土地を表す限定詞としても使われます。たとえば以下の単語の最初に「キ=ki」が見えますね。

kiengi

これは「キ・エン・ギ(ki-en-gi)」と読んで「シュメール」を意味するシュメール語です。シュメール語でシュメールは「キ・エン・ギ(ki-en-gi)」です。「すめらみこと」が「シュメールのみこと」がというのは、めちゃくちゃな話ですね。

ところでさっき「土地」がどうしてこの形になるのかよくわからん、と書きましたが、もう少し新しいもの(紀元前6世紀くらい)になりますが、バビロニアの地図なんか、ちょっと似ているかも。土地を丸く囲むとことかね。

バビロニア地図 

イナンナとは(1)

▼さまざまに変容していくイナンナ
 

『イナンナの冥界下り』の主人公である女神イナンナは、後代のさまざまな神話の女神の祖形です。

シュメール神話においては「イナンナ」と呼ばれる彼女は、シュメールのあとを継ぐアッカド語で書かれる神話では「イシュタル」と呼ばれます。金星や豊穣の女神でもあるイシュタルは、ギリシャ神話では「アフロディーテ」になり、ローマ神話では「ヴィーナス」になり、さらにグレゴリオ聖歌の『海の星(アヴェ・マリス・ステラ)』が金星であるとする説に従うならば「聖母マリア」もイナンナを継ぐとも考えられるのです。


すごっ!


すごすぎるので、よくわからなくなってしまいそうなので、まとめておきますね。


シュメール:イナンナ
アッカド :イシュタル
ギリシャ :アフロディーテ
ローマ  :ヴィーナス
キリスト教:マリア 

古代メソポタミアからイエスの母まで続く、この女神の系譜の祖形であるイナンナとはどんな神だったのでしょうか。その姿を神話や当時の賛歌(hymns)から見ていきましょう。

▼イナンナの楔形文字

今回はまずはイナンナを表す文字を紹介しておきますね。


シュメール語は、
楔形文字(cuneiform)で書かれます。楔形文字にも時代によってさまざまな字体があり、もっとも一般的な楔形文字である新アッシリアの字体では、イナンナは次のように書かれます。


イナンナ03

この字体では、イナンナが何を表しているかがわかりませんね。

ということで、もっとも古い字体を見てみます。
ウルク古拙文字と呼ばれる字体では以下のようになっています。

イナンナ01b
あるいは次のようにも書かれます。イナンナ01a


この字を見ると、髪の長い女性が立っているように見えますが、これは
葦の束を象った文字だそうです。

「えー、葦に見えない」という方。そういう方のために…。以下は葦の家です。

葦の家01    葦の家02

左が昔の絵で、右が現代の家の写真です。すごいですね。ほとんど変わっていません。で、昔の家の屋根から出ているものがイナンナの文字に似ています。現代の葦の家には、これはありません。

…となると、これは古代の家の屋根につけた
注連縄のようなものかも知れません。

この字が横になり、そして今の文字(って新アッシリアの時代ってことね ww )にだんだん変わっていきます。
ちなみに、これからもよく参照するウル第三王朝時代の文字を間に挟んでおいておきます。

イナンナ01横 →  イナンナ02   
 イナンナ03

ウルク古拙文字  ウル第三王朝      新アッシリア