イナンナの冥界下り

シュメール神話『イナンナの冥界下り』を上演するための雑感を書くブログです。

2015年度ワークショップの開催

▼ワークショップを開催します
現存する最古の神話であるシュメールの『イナンナの冥界下り』を、日本の古典芸能の手法を使い、日本語とシュメール語で国内外で上演するという「イナンナプロジェクト」がいよいよ始動しました。

本プロジェクトは、東京での小公演やさまざまなワークショップを重ねる過程で観客とともに文化的な理解を深め、最終的にシュメール遺物を数多く所蔵する、大英博物館(イギリス)、ルーブル美術館(フランス)、および、インドヨーロッパ語族の古い形の言語が残っていて非常に親日的でもあるリトアニアで上演しようというプロジェクトです。

イナンナプロジェクトのもうひとつの柱は、さまざまなワークショップです。

今回の上演では、「能・狂言」、「浪曲」という日本の古典芸能が中心になりますが、それ以外にも「声楽」や「ダンス」という西洋の手法も取り入れております。

これらが、なぜ『イナンナの冥界下り』に必要なのか、それを身体的に理解していただくために、さまざまなワークショップを開催します。

また、シュメール語やシュメール神話の理解を深めるために「シュメール語で読む『イナンナの冥界下り』」の講座も開催いたします。

どうぞふるってご参加ください。

▼ワークショップの一覧

今年は以下の5つのワークショップを開催します。各ワークショップは原則1回/月。開催日・時間は講師によって異なります。

●「能楽の謡と動き~神聖なる身体に目覚める~」
 講師:安田 登(やすだ・のぼる)

●「ダンスと柔らかいからだ~太古の動きを音から探る~」
 講師:蜜月稀葵(みづき・まれあ)

●「発声講座  心と身体を結び、時空を超える声を!ー合わせて7000年前の歌とともに!ー」
 講師:香西克章(こうざい・かつあき)

●奈々福のガチンコ浪曲講座forイナンナの冥界くだり
――語り芸の王者・浪曲に隠された数々のテクニックをこの際、伝授――
 講師:玉川奈々福(たまがわ・ななふく)

●シュメール語で読む『イナンナの冥界下り』
 講師:高井啓介(たかい・けいすけ)

次のページでワークショップの詳細をお知らせします。 
 

冥界について(3)オルペウスの冥界下り

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(安田登)

▼ギリシャ語のオルペウスの冥界下り

『古事記』の冥界下りに似ているのが、ギリシャ神話のオルペウスの冥界下りです。

竪琴と歌の名手、オルペウス。彼は、毒蛇に噛まれた死んでしまった妻をもう一度生き返らせるために冥界に行くのです…って、似てるでしょ。『古事記』も、死んでしまった妻をこの世に戻すために冥界に行きます。

ただし、この神話、ギリシャ語で書かれているものはとても簡単なものしかありません。以下がそれです。

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カリオペーとオイアグロスから、しかし名義上はアポローンから、へーラクレースが殺したリノスおよび歌によって木石を動かした吟唱詩人オルぺウスが生れた。オルべウスはその妻エゥリュディケーが蛇に噛まれてなくなった時に、彼女を連れ戻そうと思って冥府に降り、彼女を地上にかえすようにとプルートーンを説き伏せた。プルートーンはオルぺウスが自分の家に着くまで途上で後を振りむかないという条件で、そうしようと約束した。しかし、彼は約を破って振り返り、妻を眺めたので、彼女は再び帰ってしまった。

オルべウスはまたディオニューソスの秘教(ミュステーリア)を発見し、狂乱女(マイナデス)たちに引き裂かれてピエリアーに葬られた。 『ギリシャ神話(アポロドーロス:高津春繁訳)』1C~2C
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ね、あっさりしているでしょ。それに1世紀から2世紀くらいって新しすぎです。

ギリシャ神話をギリシャ語で読もうとすると、こういう問題にぶつかります。『神統記(ヘーシオドス)』も、あっさりしすぎているし…。むしろラテン語で書かれたものが方が古かったりします。

▼ラテン語で書かれたオルペウスの冥界下り

 …ということでラテン語ではオウィディウス( 紀元前43年3月20日 - 紀元17年)が書いた『変身物語』の第十巻にオルペウスの冥界下りの話が載っています。

では、その物語を紹介しましょう(以下、逐語訳ではありません)。

オルペウスの新妻、エウリュディケは草原で蛇に踵をかまれて死んでしまいました。オルペウスは妻をいたんで地上で十分泣きつくすと、亡霊たちの国、黄泉の国に降りていきました。

亡霊たちの群がるなかを通りぬけて「悲しみの国の支配者・亡霊たちの王」のもとへと進み、竪琴を弾き、歌います。

妻を探しにここまで参りました。
一匹の毒蛇のために、まだ年若い妻は死んでしまいました。
 
あなたが治めるこの冥界こそ、わたしたちの終の棲家。
妻もまた、墓に入るにふさわしい年齢になれば、あなたがたの配下に入ることは必定。
 
どうか妻にお恵みを垂れ、
それまでの間、もう一度人生を楽しませてください。
 
それがかなわぬならば、
わたしも地上に帰らぬ決心をしております。
わたしたちがふたりとも死ぬのを見てお楽しみくださればいい

亡霊たちも、この歌を聞いてみな涙を流した。タンタルスも水を追いもとめることをやめ、イクシオンの火の車はとまり、はげ鷹どもは生贄の肝臓を引き裂くことをやめ、ベルスの孫娘たちは水甕を捨て、シシュプスも転がす岩の上に腰をおろし、冷徹なるエウメニデスはじめて頬を涙でぬらした。

冥府の王妃も王者も、ついにオルペウスの願いを退けることはできず、傷のために足をひきずる若妻エウリュディケをオルペウスに渡し、「アウェルヌスの谷を出るまではけっして後ろをふりかえらない」という約束をした。

ふたりは、濃い霧におおわれた、暗い、急な坂道を沈黙のまま上って行きました。が、オルペウスは妻が遅れていはすまいかと心配になり、つい後ろを振り返ってしまったのです。

すると、妻は、たちまち後ろへひきもどされ、ふたたび死の国に連れ戻されてしまうのです。

▼少年愛、ここに始まる

アポロドーロス(『ギリシャ神話』)によれば、冥界から戻ったオルべウスはディオニューソスの秘教(ミュステーリア)を発見したことによって、狂乱女(マイナデス)たちに引き裂かれて死んだと書かれていますが、ラテン語版(『変身物語』オウィディウス)ではちょっと違います。

彼は「女のために、自分はこんなに不幸になったんだ」と思い、すべての女性との交渉を断ってしまったのです。そして彼は少年を愛し始め、「まだ大人にならぬうちに人生の春と最初の花とを摘むことを身をもって教えたのは、じつにオルペウスその人だったのである」となるのです。

少年愛の始祖こそオルペウスです。

ちなみに、この故に、やはりディオニューソスの乙女たち(バッカスの神女)に殺されたとも言われています。

冥界について(2)古事記の冥界

yasuda
(安田登)

▼イザナミ死す

今回はまず『古事記』のお話をします(ご存知の方は今回は飛ばしてください)。
 
『古事記』の冥界は「黄泉(よみ)」と呼ばれます。この「黄泉」という言葉がちょっと問題なのですが、それについては、またこんどお話することにして、まずは物語を見ておきましょう。

このお話に登場する神様は、日本の国土や、さまざまな神々を生んだ伊邪那岐(いざなぎ)の命(みこと)と、その妻である伊邪那美(いざなみ)の命です。

※どっちがどっちかわからなくなるので、男性の伊邪那岐で、女性の伊邪那美はにしますね。

この神話は、あとでいろいろとお話をする材料になりますので、以下、文章がちょっと変になるのを覚悟の上で、特に前半をなるべく原文に近い形で現代語に直してみます。

妻、伊邪那美の神は、火の神を生んだことによって「神避(かむさ)」ってしまいました。「神避(かむざ)る」というのは、神様が亡くなるときの言葉ですが、これもあとで触れますが、古代日本語の「しぬ」と「死」は別の言葉なので、正確に言えば「神避(かむざ)る」と「死ぬ」はちょっと違います。

この「神」についても書きたいのですが、話が混乱するのでまた~。

それはともかく、亡くなってしまった妻を、伊邪那岐の命は比婆の山(出雲の国と伯伎の国の堺)に葬りました。この「境」というのもあとで触れますね。

▼妻に会いに冥界に行く:「見るな」の禁忌

さて、妻を葬った伊邪那岐の命は、それでも妻にもう一度会いたいと思い、黄泉の国まで追って行きます。そして殿の騰戸(さしど)で妻と会い、戻ってくるようにと次のように言います。

「愛しい我が妻よ。お前とともに作っている国はまだ作り終えていない。だから還るべきだ」

妻は答えます。

「ああ、もっと早くいらっしゃらなかったことが悔しい。私はすでに黄泉の国の食べ物を食べてしまいました。しかし、愛しい我が命(みこと)がいらっしったことはおそれおおいことです。だから還ろうと思うのですが、しばらく黄泉神と相談しましょう。そのあいだ私のことを見ないでください

そのように言ったあと妻は「殿の内」に入って行ったのですが、あまりにそれが長い間だったので、夫である伊邪那岐待ち難(かね)た

そこで、左のみずらに刺していた「ゆつつま(湯津津間)」の男柱一つ取り、それに火を灯して中に入って妻、伊邪那美の姿を見ると、その体には無数の蛆虫が、ころころと音を立ててたかっていた。

そして、体中には八体の「雷(いかづち)」がいた。

と、ここでひとつ注意。現代人の私たちは「雷(いかづち)=雷さま」というと、あのトラのパンツを履いた、ちょっとかわいい奴を想像してしまいますが、それは違います。

「いかづち」の「いか」は、いかめしいというときの「いか」で漢字を当てれば「威」や「猛」、すなわち「恐ろしく、かつ勢威のある」という意味。そして「ち」は、大蛇の「ち」と同じく「蠢く霊力」。すなわち「いかづち」は「威つ霊」、おそろしい悪霊なのです。

詳細を記せば頭には大雷、胸には火の雷、腹に黒雷、女陰には拆雷、左手には若雷、右手には土雷、左足には鳴雷、右足には伏雷と合わせて八柱の雷神が出現していた。

▼逃げるイナザギ、追うイザナミ 

それを見た伊邪那岐命は恐ろしくなって逃げます。

その妻、伊邪那美命は「よくも私に恥を見せたな」といい、黄泉醜女(よもつしこめ)たちに夫を追わせた。

黄泉醜女…よくわからないけど、なんか怖いですね。 

伊邪那岐命は、御鬘(みかづら)を取って投げると、そこから蒲(えびかづら)の実が生った。どうもこれ、ブドウらしいです。

黄泉醜女たちが、それを食べている間に逃げる。

と、また追って来る。今度は右の御みずら(美豆良)に刺していた「ゆつつま(湯津津間)櫛」を一本一本取って投げると、そこから笋(たけのこ)が生え、やはり黄泉醜女たちが、それを食べている間に逃げて行った。

妻、伊邪那美は、今度は例の八柱の雷神に、千五百もの黄泉の国の軍団を率いさせて追わせた(ひとりに千五百って卑怯…)。

逃げる伊邪那岐命は、十拳(とつか)の剣を後ろに振りながら逃げ、とうとう黄比良坂の坂本にまで至った。そこには桃の実が三つ生えていて、伊邪那岐命がその三つの桃を投げると、八柱の雷神も、千五百の黄泉軍団も逃げ返った。

この後ろに振りながら逃げるのも面白いですが、この話もしていくと話が混乱するので、またいつか~。

が、最後には伊邪那美命が自ら追ってきた。

夫、伊邪那岐命「千引の石(いわ)」を黄比良坂に引き塞えぎった。その石を間に置いて、夫・妻がおのおの相向かい「事戸(ことど)」を渡す。

まず、妻、伊邪那美命

「愛しい我が夫の命よ、あなたがこのようにするならば、あなたの国の人草を一日に千頭、絞り殺しましょう」

こわ…。それに対して、夫、伊邪那岐命

「愛しい我が妻の命よ。お前がそのようにするならば、私は一日に千五百の産屋を立てよう(子を産もう)」

ここから一日に必ず千人の人が死に、一日に必ず千五百人が生まれるようになった。

そして、妻の伊邪那美神命を「黄津大神」、また「道敷(ちしき)の大神」と名づけた。また、間の石を「道反(ちがへし)の大神」、また「塞(さや)ります黄戸の大神」と名づけた。この黄比良坂は、今の出雲国の「いふや(伊賦夜)坂」といわれている。

▼この物語でチェックしておきたいこと

この神話は、いろいろと面白いのですが、まずは以下の点をおさえておきましょう。これらについては、あとで色々考えていきます。

・妻を葬ったのが、出雲の国と伯伎の国の堺である比婆の「山」

・黄泉の食べ物を食べてしまったら、もう戻れない

・「見るな」の禁忌を破った理由が「待つことが難しかった」から

・妻の本当の姿を見せてくれたのは「櫛の霊力」

・それで見たのは、蛆がたかり、悪霊に囲まれた妻の姿

櫛の霊力桃の霊力で追っ手から逃れる

・人間の生と死の起源が語られる

・冥界とこの世との境界が黄比良坂と呼ばれる

…では、次回は『オルフェウス』の冥界下りの物語を見ていきましょう。
 

冥界について(1)イントロ

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(安田登)

『イナンナの冥界下り』は、『アン・ガル・タ・キ・ガル・シェ(大いなる天から大いなる地へ)』というのが正式名称です。

で、『イナンナの冥界下り』というのは、オクスフォードのシュメール語文学の総合サイト「ETCSL」の英訳「Inana's descent to the nether world」を和訳したものです。

でも、本当はイナンナの「冥界(nether world)」も「下り(descent)」も、僕たちがイメージするそれとはちょっと違うので、それについていろいろ書いていきますね。

▼世界中にある冥界下り

『イナンナの冥界下り』を上演したいと思ったのは、那須の二期倶楽部で毎年開かれている「山のシューレ」でふたつの「冥界下り」を上演したあとでした。

最初は「黄泉の通い道-『古事記』と漱石の見た夢」という作品を上演しました。これは『古事記』の中から「イザナギの冥界下り」と夏目漱石の『夢十夜(第三夜)』という、生と死の世界を行き来するふたつの物語を、「夢の中の夢」の物語として新たに編み直して作った作品です。

火の神を産み、その性器を焼かれて死んだ妻イザナミを追って、夫であるイザナギが黄泉の国に尋ねていくという『古事記』を、なるべく原文の言葉そのまま(といっても本居宣長の書き下し文ですが)に上演しました。

次に上演したのはギリシャ神話のオルフェウスの冥界下りです。竪琴と歌の名手であるオルフェウスは、蛇に噛まれて死んだ新妻エウリュディケーを追って死者の国である冥界まで行きます。

こちらはモンテヴェルディのオペラ『オルフェオ』を元に作りました。オルフェオ(オルフェウス)の役は、中世・ルネサンスの歌を中心に歌われる辻康介さんがイタリア語で歌い、狂言の奥津健太郎さんと僕が日本語(能や狂言)でそれに絡んでいきます。

死者の国に行く「黄泉下り」と、そこから戻って来る「黄泉返り(甦り)」の物語。これを二作続けて上演したときに、何か不思議な違和感を感じました。

それは、古代人にとっての「冥界」や、あるいは「死」というものは、どうも僕たちのイメージする冥界や死とは何か根本的なところで違う、そこからくる違和感でした。その違いを知ることは、古代人の死生観を知ることであり、さらにはそれによって現代人である僕たちでも誰もが直面する「死」に対する考え方やイメージも変わるのではないか、そう感じたのです。

そして、それならばいっそのこと、最古の冥界の神話、『イナンナの冥界下り』を上演しようと思ったのです。

というわけで、イナンナの話を進める前に、まずは『古事記』と『ギリシャ神話』の冥界下りについて、少しお話しておきますね。

和の芸能のコラボということ!

こんにちは。浪曲師の玉川奈々福です。

古代メソポタミア文明の中で、最古の都市文明・シュメール。
紀元前3500年ごろのその文明で使われていた楔形文字のシュメール語で記録された、現存する最古の神話「イナンナの冥界下り」を、日本語とシュメール語を交えて上演する企画。
語りと三味線を担当させていただいております。
いまから5500年前という、遠いいにしえの神話を上演するために、現存する最古の演劇であり、古代の儀礼的要素を色濃く残す「お能」を軸に構成していますが、この舞台は、能楽師(ワキ方、笛方、狂言方)のほかに、浪曲師、人形師、ダンサー、オペラ歌手など……それぞれに伝統的な身体技法を身に着けた芸能者たちのコラボレーションによって展開します。楽器は、能楽で使う笛(能管)、三味線のほかに、中東の打楽器であるダルブッカとダフ、またライアーという竪琴を用います。
神事のような感覚で見ていただく舞台かもしれません。

思い起こせば昨年3月。京都の西本願寺で行われた節談説教(←これも日本の誇るべき魅惑的な語りです!!!)セミナーに、安田先生と私は講師として参加させていただきました。
そのときに、先生が突然。
「えっと、今度のお仕事、奈々福さん、とりあえず三味線も持ってきてくれますか?」
あ、説明しますと、私は浪曲師ですが、浪曲三味線弾きでもあるのです。
しかし……三味線持ってきてくれますかって……何???
講師は、講義をするのです。
そして、浪曲師は、三味線の弾き語りは基本しないし、三味線一丁だけでは芸にならないのです。

「ぼくの語りに、三味線を合わせてみてもらえますか?」
……と言われたのは、講義の前日。
ど、え、え、え、ええええええええええっっっ!?
「お能」の先生の「語り」に、三味線を合わせるですとぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ???
……ところがあたくし、根が鈍感なのか果敢なのか。
翌日の講義。先生語るところの「吾輩は猫である」に、三味線を合わせていました。

以来、たった一年ちょっとの間に、もう十数回の舞台をご一緒させていただきました。
コラボしてはじめて気づいたこと。
浪曲の三味線は万能である、ということ。
いや、違います。和の芸能の基本には、息をくみ取り、息を合わせる、という身体性があるために、
私は語りの間に三味線で切り込んでいくことができ、先生もその間を利用しながら、語ることができるのです。

……他のジャンルの芸能と息を合わせるというこの刺激的な体験。
それによって、私は浪曲を再発見することができました。
毎度スリリングな安田一座。ぜひとも舞台を見に来ていただきたいと思います。(玉川奈々福)

いろいろな人が書きます!


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(安田登)

いままでこのブログは安田登(能楽師・ワキ方)が書いていましたが、これからは『イナンナの冥界下り』に関係するさまざまな方が書くようになります。

まずは浪曲師の玉川奈々福さんと能楽師狂言方の奥津健太郎さんに、ここに書くためのIDやパスワードをお渡ししましたので近日中に何かを書いてくださるはず(!)です。

で、誰が書いたかを示すために、最初か最後(あるいは両方)に署名を入れます。あと、できたら最初にこんなアイコンや写真を入れます。

僕(安田)のアイコンは漢学者の「Q公先生」です。Qは九でも構いません。おとが「きゅう」であればなんでもかまいません。

『鳩翁道話』で有名な(って、あまり有名じゃないかも知れませんが) 江戸時代の心学者「柴田鳩翁」先生のお名前を拝借しました。

…というわけで、これからのさまざまな方によるブログをお楽しみに~。

人形、能、浪曲公演、満席です

8月3日(月)の『人形、能、浪曲公演「怪談が結ぶふたりの文豪」小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と夏目漱石』は、おかげさまで満席になりました。

ありがとうございます。

キャンセル待ちをご希望の方は、ご連絡をいただければと存じます。

http://inanna.blog.jp/archives/1033515974.html 

対応の遅れ、失礼しました

先日、「怪談が結ぶふたりの文豪」の公演のお知らせをしましたが、夕方にお知らせして翌朝の時点で過半数のお席が埋まり、夜の時点でほぼ満席になりました(もともと100席しかなかったこともありますが)。

また、「てんらい」の会にも、たくさんの方にご入会いただいております。

本当にありがとうございます。

実はこんなに早くお申込があるとは予想もできず、対応が大変遅くなってしまったこと、心よりお詫び申し上げます。

今秋からは『イナンナの冥界下り』の東京公演も始まりますし、これをいい勉強とさせていただき、しっかりした体制作りに努めます。

僕たちのチーム「てんらい」は、事務の方を置けるほどの余裕がないので、すべて舞台に出る役者が行っております。

天籟能は、能楽師・狂言方の奥津健太郎さんが…

そして、今回のイナンナ関連は『イナンナの冥界下り』でダンサーと楽器(ダルブッカ)を担当する樋口亜由美さん(あゆみちゃん)と、イナンナ役の蜜月稀葵さん(まれあちゃん)が皆さまのメールに返信したり、名簿を作ったりしています。

あ、電話の方はいまは奥津さんが出る可能性もあります。

公演のお知らせ:人形、能、浪曲 「怪談が結ぶふたりの文豪」

怪談が結ぶふたりの文豪
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と夏目漱石
人形、能、浪曲 
2015年8月3日(月) 18時半開場 19時開演
 日本デザインセンター13階POLYLOGUE
当公演はおかげさまで満席になりました。キャンセル待ちをご希望の方はご連絡お願いします。
 
ina-0341 演目:『雪おんな』(小泉八雲 安田登脚色
    『夢十夜(夏目漱石)』より 第一夜・第三夜
    『吾輩は猫である(夏目漱石)』より

近代日本の文体を作ったのは夏目漱石です。そして英語の教師の前任・後任(熊本五高、東京帝大)として漱石に大きな影響を与えたのが『怪談』で有名なラフカディオ・ハーン、日本名、小泉八雲です。

本公演ではふたりの作品の底辺に流れる「怪異」に注目して、人形、能、浪曲の手法を使って演じます。

能、人形、浪曲……日本の芸能に古くからある「傀儡(くぐつ)」や「語り」系譜上生まれたものです。本来、異界と出会うための芸能が日本の芸能なのです。

 日本の芸能には譜面のないものも多く、息を合わせながらあとは「よろしく」で進んでいきます。

原作はあるものの……スリリングなコラボレーションをお楽しみください。

出演:安田登 能楽師 下掛宝生流ワキ方 語り
    飯田美千香(百鬼ゆめひな) 人形(ひとかた)師
    槻宅聡 能楽師 森田流笛方
    玉川奈々福 浪曲師 語り+三味線

日時:8月3日(月)18時半開場 19時開演
場所:日本デザインセンター13階POLYLOGUE(中央区銀座4-9−13 銀座4丁目タワー13F 東京メトロ銀座駅、・都営地下鉄銀座駅より徒歩すぐ)→地図はこちら

全席自由 3,000円(学生、てんらい会員は割引料金2,000円)「てんらい」会員とは
100席限定 いっぱいになりましたら締め切らせていただきます。満席になりました
予約:イナンプロジェクト事務局 event@inana.tokyo.jp  080-5520-1133(9時~20時)

入場料のお振込先(本公演は当日清算も承ります):
三菱東京UFJ銀行 恵比寿支店 普通 0838943 名義 てんらい 会長 安田登(テンライ ヤスダ ノボル)
ACT_logo-02
本公演は「アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)」の助成を得て、イナンナプロジェクトの一環として行っています。
 

「てんらい」主催公演 2015年 7月現在

ロゴ
「てんらい」主催公演の予定  2015年 7月現在
※随時更新していきます 
 
【2015年】
 11月13日(金)『イナンナの冥界下り』東京公演(セルリアンタワー能楽堂:渋谷)

【2016年】
 2月26日(金)『イナンナの冥界下り』東京公演(日本デザインセンター)
 4月(日時未定)『イナンナの冥界下り』東京公演(西徳寺:浅草)
 日時未定『イナンナの冥界下り』東京公演(セルリアンタワー能楽堂ほか)
 8月7日 天籟能(国立能楽堂) 
   能『真田(復曲)』シテ加藤眞悟師(観世流) 狂言 ほか
   ※舞台上をたくさんの人が立ち回り(チャンバラ)をして大暴れをするというすごい演目です。 

【2017年】
 日時未定 天籟能 
  能『松風(予)』大村定師(喜多流)
  能『土蜘蛛(予)』佐々木多聞師(同) 狂言 ほか
 日時未定『イナンナの冥界下り』ヨーロッパ公演
 日時未定『イナンナの冥界下り』東京公演(CT能楽堂ほか)